第二話 悪魔の嘘は崩壊を招く

 天使は悪魔を見た。悪魔も天使を見た。


 ところで天使は悪魔を嫌悪している。悪魔は罪を犯した天使だからだ。要するにエリートが落ちこぼれを見て『ゴミだな』と思う嫌悪である。人間であればそう思う方が『性格が悪い』となるが、悪魔を嫌悪し悪魔になることを恐れることは天使の仕事なので、天使にとってこの嫌悪は仕方がないと言える。

 そして悪魔もまた天使を嫌悪している。何故なら過去の自分だからだ。それは過去の自分を見て『若い自分恥ずかしいな』と思う嫌悪である。人間でもよくある類の嫌悪である。とにかくそんな風に嫌悪し合う天使と悪魔が岡山県の北区にある教会で向かい合った。


 最初に口を開いたのは天使である。


「悪魔め! なにをしにここに来た!」


 悪魔はこの時に様々なことを考えていた。考えて、そうして『嘘を吐くことにした。何故なら嘘は悪魔の仕事だからである。

 彼はさっきまで泣いていたことの方が嘘であるかのように、厭らしい卑しい笑みを浮かべた。


「遅かったな、天使。お前が迎えようと思っていたやつは地獄に落ちた」

「なんだって⁉」


 天使は驚いた。

 何故なら天使が迎えに来たものは預言者の魂だった。預言者が地獄に落ちることはそうそうない。ましてや今回の預言者が最後の最後まで罪を犯さなかったことはすでに天界で確認されていた。

 要するに槙島は生前に最後の審判が終わっており槙島の魂はすでに天界の物だった。なのにそれが『地獄にかっさらわれた』と悪魔が言うのだ。ありえないと天使が鼻を鳴らし、悪魔はにんまりと笑った。


「探してみろ。天使様御自慢のその目で」


 天使の目は天界が預かるものすべてを見ることができた。つまりこの世界の全ての命、魂、肉体、物質を見ることができる。

 ――しかし悪魔の小瓶は『永遠』であり、つまりそれは天界が預かるものではない。そのため悪魔の小瓶のことを天使は察することも関与することもできない。悪魔はそのことをよく知っていた。要するに天使は『悪魔の小瓶』――わたしのことを知ることはできないのだ。

 事実、このとき、悪魔の嘘を天使が把握することはできなかった。

 天使はすべてを見ることができるはずのご自慢の目を使って槙島の魂を探したが、どこにも見つけることができなかった。

 天使は慄いた。


「なんてことを! 神の審判を裏切るなんて、……この悪魔! 『赦されることではない』!」

「悪魔は赦されない。それが仕事だ」


 悪魔は笑いながら立ち上がり、天使に向かって中指を立てた。


「だが奴の体は残っているぞ。持っていったらどうだ、天使め」

「魂なき肉体などただの『ナマモノ』だ! 役には立たない!」

「そうか? ……もし後で魂が見つかったらどうする? 肉体がなければ天界で生き返らせられないぞ?」

「構うものか!」


 天使は自分の仕事が悪魔に邪魔されたことが不愉快で仕方なかった。悪魔はそんな天使を笑いながらも焦っていた。

 このまま天使に槙島の肉体を回収してもらえなかったら槙島は天界で復活することができなくなる。それは槙島の、つまるところ悪魔にとって唯一の友人の望みを裏切ることではないだろうか、と怯えていた。

 しかし悪魔はそれでも天使に中指を立てた。それが悪魔の仕事だからだ。


「なら帰れ! 仕事のできないくそ天使! 二度と現れるな! 預言者の魂も肉体も……この先の全てこのオレのものだ!」


 と、いうことにしたのだ。

 悪魔は欲しがるのが仕事なので、これもまた彼の仕事だった。天使は彼に様々な、天使が言える限りの罵倒を述べて去っていった。

 悪魔はずっと中指を立てていたが天使の光が完全に見えなくなると、よろよろとそこに膝をついた。


「アア、なんてこと……オレはなんてことを……」


 悪魔は懐から小瓶を取り出し、その青々と光る炎を見つめ、しかし、なにも言うことはなくその小瓶をジャケットの内側に仕舞い直した。彼は立ち上がり、そこでようやく彼はパケロの存在に気が付いた。


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