第7話 ついっとツイート追討宣旨、二人の義将

清盛という男は、とにかく恐ろしい存在だった。

オーラっつーか存在感がハンパなく

子供の俺様はまさに蛇に睨まれた蛙ってヤツだった。


でも、現代に蘇って思う。

アイツなんか、ただのガキ大将だ。

身分やら後ろ盾がないこの現世じゃあ大したことなどない。


それより今ヤバイのは義仲だ。

アイツの目はマジでヤバイ。

イッちまってる目だ。


義仲には会いたくない。っつーか絶対に会ってはいけない。

マジで殺される。


「どーすっかなぁ」

義仲に会わずに清盛に会って

でもって、あの『蜂の比礼』を手に入れる方法はないものか。

あ、それも、ちゃーんと洗濯して除菌もされた状態で!


「あのあばら家には近寄れないし……」


あ、待てよ。

清盛のヤツ、この学校に転入してきたんだったよな。

じゃあ、クラスに会いに行けばいいだけじゃん。


「清盛は何年何組だろ?」


そう呟いた時、後ろから声がかかった。


「俺になんか用か?」


この低くてデカイ声。

なぁんてナイスなタイミングッド!


「高平太!」


ぴっかぴかの笑顔で振り返った途端、


「ギャッ!」


俺は悲鳴をあげる。


キョトンとした顔の清盛の横に

横に

横に……


義仲が美しい笑顔で立っていた。


俺はスカートのポケットの中の犬笛を取り出す。


匕ーーーッ!


辺りに響き渡る高周波。

つっても人間には聞き取りにくい音域に設定してある。

これが聴こえるのは犬か、人間離れした脳筋男だけ。


ダダダダダ……ッ


「なぁに? 呼んだ? 兄ちゃん」


義経が脳天気な顔を覗かせる。

俺様は指先をぴったり義仲に合わせると命を下した。


「義仲を追討せよっ!」


「ワンッ!」


義経は一声鳴いて、義仲へと飛びかかった。

俺様は心の中でガッツポーズをする。


よし! いいぞ、よくやった、九郎!

さすが戦の申し子!


……が、


 パシャッ、パシャッ。


義経は義仲を写メってる。

そして義仲は3秒ごとに決め顔をチェンジしてる。


「……義経、お前何をしている?」


が、義経は俺様のことは完全無視。


被写体していた義仲と

一緒に仲良くスマホを覗きこんでる。

どうも撮った写真をチェックしているらしい。


「よし、撮りダメOK! 一週間分はいけるかな」

にっぱり笑って義経が顔を上げる。

「あ、でも義仲、悔しそうな顔のも撮っとこうぜ」

「ああ」

途端、クッと顔を歪める義仲。

歪めても変わらず美形なのがなんだか悔しい。

 パシャッ

「ああ、いいね。院に馬鹿にされて憤ってる感じが出てるよ。

じゃあ次は、敗走中の鎧が重そうな感じね」

義経の言葉に、よろめいてみせる義仲。

「こんなか?」

斜め下からカメラを見上げるイケメン。

 パシャッ

「いいじゃん。目が遠くいっちゃってるのがそれっぽい」

「じゃあ、交替するぞ」

「オッケー、今日はどのパターンでいく?」

「そうだな。ドヤ顔は結構撮ったから

今日は最期の衣川辺りの悟っちまった感じのはどうだ?」

「え、こんな感じ?」

ちーん、と手を合わせる義経。

 パシャッ

「いや、もっとこう人生達観した上杉謙信みたいな感じで」

「こう?」

目を半眼にして斜めから振り向く義経。

 パシャッ

「ま、いっかな。でもお前、謙信ってよりも勝頼って感じ」

「えー、勝頼はやめてよ。じゃあ義仲は戦国武将なら誰だよ?」

「俺は元親がいいな」

「どっちにしてもイケメンかよ、ずりー」


義経と義仲、ニヤニヤと不気味に笑いながら

(イケメンのせいで爽やかに見えるが)

互いの姿を写真に收め合ってる。


 パシャッ、シャリーン、カチッ


気付けば義経と義仲の周りを女生徒たちが取り巻いて、

ケータイ掲げて撮りまくってる。


義経がその女生徒らを手で制止した。

「あ、ダメだよ。勝手に撮らないでね」

「また撮影会するから、その時にね」

義仲が美しい笑顔で続けると、

キャアと黄色の歓声があがる。

「いつですか? 絶対行きます!」

「義仲様、その時には着物着てくださいませね?」

「義経殿、牛若のコスプレもしてください!」

それらの声に、にこやかに頷く義経と義仲。


「……おい」

俺は耐え切れずに声を上げた。

二人が一斉に俺様を振り返る。


「あ」

しまった。義仲まで振り返らせてしまった。


「な、何、何をしてるのよっ!」

「え? サイト用の撮影」

しれっと答える義経。


「サイト? ってホームページ?」

「そう。

『二人の義将・悲運のイケメン源義経・源義仲』ってサイト。

最近アクセスうなぎのぼりなんだー。知らない?」

「……は?」

「俺たち二人のサイトを作ったんだ。

将来的にアイドルユニットで売りだしてもいいなって思ってね。

既に広告収入とか結構入って来てるよ。

最近は歴女向けのアフィリエイトも始めたんだ」

「アフィ……あふぃりえいと?」

「うん。その為にツイート拡散させてサイトに誘導するんだ」

「……は?」

頭の中はまっしろけ。


と、義仲が口を開いた。

「あ、ツネ。俺、生徒会だからそろそろ行くぞ」

「じゃあ、これツイートセットしとくな」

「ん、よろしく」

片手を挙げて爽やかに去っていく義仲。


「ツイート……」

俺はぼんやりと呟く。

「うん、ツイート」

コクリと頷いて繰り返す義経。


俺様は義経の足を思いっきり蹴りあげた。

「馬鹿者っ! 私が言ったのは追討だ! ツイートじゃねぇ!」

「いたぁーい」

避け損なったのか、わざと避けなかったのか

義経が声をあげる。


「何をお前は敵と乳繰り合っとるか!」

「えー、ちちくり合ってるわけじゃ……」

「あいつは敵だぞ! お前が首取ったんじゃねぇか!」

「いや、俺が首取ったんじゃなくて、三浦系の石田次郎が取ってたけど?」

「一応お前が総大将だろうが!」

「六番目の範頼兄ちゃんが総大将じゃなかったっけ?」

「細かなことは気にすんなっ!」


……あれ?

にしても、義仲のヤツ

俺様を見たのになんの反応もしなかったな。


「あのさ、兄ちゃん」

手をガシっと握られる。


至近距離に真剣な弟の顔。

「な、な、何よっ!」

思わず女言葉になる。


義経は眉を寄せ、ふるふると首を横に振った。

「軍資金が結構いるんだよ」

「……は?」

目をぱちくりさせる俺様の前で義経は

「仕方ないなぁ」と言わんばかりに肩を竦めて見せた。


「ほら、兄ちゃんはそういう金の工面とか苦手でしょ?

ずっと伊豆にいて、挙兵するまで遠出もあんましてないし。

でも俺は全国津々浦々、結構渡り歩いたからさ、

やっぱ金の大事さってヤツが身にしみてんだよね。

で、金の工面は俺得意だから安心して任せてよ!」

義経の目はキラッキラに自信ありげに輝いてる。


「義経、お前……」


確かに俺様は伊豆にいて、

比企の乳母の仕送りをずーっと受けていて

北条とか伊東の館に居候して食いつないでたし

あんまりお金の苦労はしたことがない。


「宝探しにはやっぱりお金がかかるからさ」

「あ、うん」

「俺、頭は使うの苦手だけどさ、

お金の匂いには敏感なんだ」

「あ、うん」

「じゃ、俺、ツイートセットしたりとか

サイト更新したりとかしなきゃだから」

「あ、うん」


これまた爽やかに去っていく義経を

魂を抜かれたような心地で見送る俺様。


なんか……

なんか……


なんか敗けた気分。


これは……そう。

義経があんまりワガママ勝手な戦をするから

景時とか義盛とかがブーブー文句を垂れてきて、

仕方ないから謹慎させたら、今度は負け戦ばっかりになって

で、やっぱり義経を使わなきゃいけなくなったあの時を思い出す。


それに……


ギリ、と俺様は唇を噛み締めた。


「キイッ! 悔しいっ!」


雄叫ぶ。


俺だって……

俺様だってなぁ、

伊豆では鎌倉ではモッテモテで


いつだって

「佐殿〜ん(はぁと)」

「御所様ぁん(はぁと)」

って、女達が大量に秋波を送ってきてたのに


なのに……


じとりと自らの身体を見下ろす。


「何で今じゃ、

こんなチマッたれた

それも……女になってんだよっ!」


せめて絶世の美女であれば

せめてどっかのご令嬢であれば

まだ溜飲も下がろうというのに


童顔の

チビの

ツルペタの

幼児体型の

リーマンの娘


「うう……っ」


なんかの呪いなのか?


「おい、大丈夫か?」

よろめく俺様の肩を掴むブッとい手。

低い声に、キッとそちらを睨み上げる。


「大丈夫なワケあるか!」

俺様の方がイケメンだったのに

モッテモテだったのに!


義経なんかチビで出っ歯で生っ白くて

ヤブニラミのブサメンだったのに(平家談)

何で、何で、何で……っ!


「うわぁあああん!」


俺様は女の姿であることをいいことに

涙をボロボロと零しまくると清盛の胸に抱きついた。


ちょうどよい。

このシャツで鼻をかんでやろうぞ。

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