第8話 無粋なブスに附子の花束を

ずび、ずび、びーん


大声で泣きまくり、

垂れた鼻水を清盛のシャツで綺麗に拭い取った俺は

やっと少し落ち着いて顔を上げた。


これは呪いだ。


頭脳明晰

眉目秀麗

冷静沈着

血統高貴


そーんな完璧な俺様よりとも様を逆恨みした

どこかの誰かがかけた呪いに違いない。


陰陽道では、呪いは倍返しで戻る。

だから平安の世の呪者は、自らの墓穴を掘ってから呪詛を行った。

『人を呪わば穴二つ』とは本来そういう意味だ。

今頃、呪った張本人もさぞ残念な容姿になっていることであろう。うむ。


「……って、私の顔は呪いを受けたって程、酷くはないわ!」

見事に平均値なだけ。


と、自分で自分にツッコミを入れた後

ふと視線に気付いて顔を更に上にあげれば、

清盛が何かを言いたげな顔で俺様を見ていた。


「……んだよ?」

仏頂面で睨み返してやる。すると清盛は深く頷き

「ああ、俺もそう思う」

と答えた。


ん?

清盛は今、何に同意した……?


「醜いってほどではないから安心しろ」

ニヤッと笑ってほざく無礼の輩。


この……っ。


「お前に言われたくないわっ!」


叫んだ拍子に手から気が発する。

気は小さな鋭い刃となって清盛を襲った。


……しまった!

手加減し忘れた。


だが、その刃は清盛に達した瞬間

何の衝撃も与えずにジュッと吸い込まれた。

まるで水滴がより大きな水の塊に吸い込まれるような自然さで。


「……え」


ぶるりと身が震える。

そして気付く。


流れ込んでいた。

俺様の気が、清盛に。


なんだっけ、ほら国民的忍者漫画の敵方の武器にあったよな?

チャクラを吸い取るサメの刀。


でも刀じゃない。

清盛本体が俺様のチャクラを吸い取っている。


俺は清盛を突き飛ばし、大きく距離を開けた。


「この……エッチ、スケベ、ヘンタイ!」

俺様の気を吸い取るとは、なんてヤツだ!


清盛が目を見開き、それから慌てたように周囲に目を送る。

気付けば、俺たちは好奇に満ちた視線に晒されていた。


くそっ、変に目立っちまった。


俺は小さく舌打ちをする。

それから小さくよろめいて見せると

手の甲を頬に当て廊下に横座りをし

よよと泣き崩れた。


「高平太さん、ひどいですっ。ブスだなんて。

そこまで言わなくたっていいじゃないですか!」

「……は?」

清盛が頓狂な声を上げるが、無視して続ける。


「どうせ私はフラレましたよ。わかってます。

私なんかブスだし! だけど」

「ちょっと待て、俺は……」

「だけど、落ち込んでる女の子に追い打ちかけるなんて最低!」


じとりと清盛を睨みつけてやる。

清盛はあわあわと口を開け閉めしていたが、

次の瞬間、顔を真っ赤にさせて叫んだ。


「俺は、んなこと言ってねぇ!」


「いいえ、言いました!」

「言ってねぇって!」

「『醜い程じゃないけど』って言ったもの!」


途端、清盛が怯む。

そりゃ、そうだ。確かにそう言ったもんな?


「えー、やだー」

「わ、可哀想」

「ひどーい」

「最低」

「信じらんない」


周りの視線は俺には同情的に

清盛には敵意剥き出しとなる。


ケケッ

ざまーみろ。


これで俺様は義経にフラれ、清盛に暴言吐かれた

可哀想な一女子生徒の役を得た。

そう、単なる被害者だ。


さて、そろそろ潮時か。

これ以上目立ちたくない。

三十六計逃げるに如かず、だ。

このまま泣きマネでずらかろう。


と、立ち上がりかけた瞬間、


「なんの劇を上演してるのかな?

楽しそうな内容じゃない」


艶やかな声と共に、人垣がサッと開く。


昔の少女漫画風に言うところの

背景に紫色の花を背負って現れた人物は……


「雅仁」


日本一の大天狗野郎

後白河院だった。


「おやおや、可哀想に。

こんなに泣き濡れて……」


雅仁は長い足でツカツカと俺様に近づくと

白く細く長い指を伸ばし

俺様が目の下になすりつけた唾をなびっていく。


「大丈夫かい?」


そうして、優しく肩を抱くふりをして

俺の制服でその指先を拭った。


こんの毒薬野郎。


その背景の紫の花は附子(ぶす)の花だ。

別名トリカブト。

神経系を狂わせる猛毒。


「聞けば、ゲテモノと詰られたとか」

勝手に変換するなよ。


「確かに、朝はちんちくりんだがゲテモノは酷い。

せめて不細工くらいにしないと」

だからゲテモノじゃねぇって。

それに、不細工の方がブスより余程ひでぇよ。

もしかして呪いをかけたのはお前なんじゃないか?


「このムニムニとした腕はストレス発散に効果があり

このどっしりとした太ももは膝枕するに丁度よく

このポヨンポヨンした腹は抱き枕として欠かせぬのだ」


言いながら、サワサワと俺様の腕やら腹やらを

撫で回すヘンタイ……いや雅仁。


「朝はこの身を呈して私の慰めとなってくれているのだ。

ブスであっても生きる価値がないわけではないよ」

うんうんと頷きつつ、諭すように言葉を紡いでいく。


……おい、結局ブスだって言ってるじゃねぇか。

雅仁、てめぇ十回はコロス!


が、気付けば周囲からは

羨ましげ、いや妬ましげな視線が絡んできていた。

「あの子ったら、雅仁様のお手つきなの?」

「信じられないわ。雅仁様があんな地味な子に目をかけるなんて」

「トドブスの癖に許せない!」


あのー、トドブスってなんですか?

アシカの友達?

頭に浮かぶのは、ずんぐりむっくりのトド体型。

……俺様はそこまで太ってねぇ!


ちなみに、ドブスにドをつけたドドブスは

逆の意味(可愛い子)ってなるらしいが

そういう意味で言ってるわけじゃなさそうなことは

取り巻き連中の殺気揺らめく立ち姿から容易に知れる。


……くそっ、せっかく俺様が

「単なる被害者の目立たない通行人A」として

人々の記憶から去ろうとしてたのに

これじゃあ台無しだ。


睨み凄む俺様をまるで意に介さず

雅仁は俺様の腕を引いて立ち上がらせると

清盛へと向き直った。


にこり、と優美な笑みを浮かべ

形のよい唇をゆっくりと動かす。


「平太、朝を虐めるのは赦さないよ。

この子は私の可愛い可愛いペットなのだからね」


こくり、と唾が喉の奥に落ちる。


こいつ……雅仁は昔と変わらない。

俺のことなど端から犬としか思っていない。


武士は犬。

高貴なる人に侍(さぶら)う『人以下』のもの。


犬同士を争わせ、

酒の肴として興じ

飽きたら捨てるだけ。

都合が悪くなったら毒を盛るだけ。


清盛は黙ったまま雅仁を見ていた。

その目にあるのは雅仁への絶対なる服従。


だが、同時に感じる。

その奥に燻る反骨の炎を。


俺の口の端がニィと上がる。

ぞくりと背が震える。


ああ、そうだ。

お前はやっぱり清盛だ。


この俺様が唯一絶対

どんなことをしても敵わないと

そう認めた男。


見てろ。


今生では必ず俺のこの手で殺してやる。

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