第4話 早朝と友人

結局、一日中探してもシオン様の病を治療する方法を見つけることは叶わなかった。

あらゆる専門家が匙を投げた問題を一日で解決しようっていうことがそもそも無理な話なんだけど、それでも僕は落胆を隠せないでいた。


だって、あの図書館にあった本──医学書と魔法文献を網羅したというのに、手がかりが一切なかったんだ。

対象の魔法的器官に障害を与える病も魔法も、存在しなかった。正確には、魔法的器官の病気については見つけることができたけど、それはあくまで一つの器官における障害であり、三つ同時に能力が低下するということは記されていなかった。

治療方法も薬の服用によるものだというけど、シオン様は既にそれを試されていて治らなかったと言っている。


それに、痣に関しては一切の記述がなかった。

魔法文献にもそれは記されておらず、少しでも手掛かりになるものを探さなくてはということで、一日で六千冊以上を読んだ。本当に、疲れた。


僕の検出デバに特定のキーワードを雷天断章ラミエルを介して書物たちに電気を流して検索し、該当することが記載された書物をピックアップ。僕の元に持ってくる。そして該当ページに記載されている文章を雷天断章に浮かび上がらせることで、必要箇所だけ読みことができる、というものだ。

検出の対象は、一度僕が読んだことがある書物に限られるが。


この魔法はかなり便利なので、図書館で本を探している人のために使うことが多く、図書館通いの顔馴染みの間では周知の魔法。

これを使えば数千冊の本をチェックすることなんてすぐに終わると思うかもしれないけど、今回はそういうわけにもいかなかった。


何しろ、どんな小さな手がかりでもいいので欲しい状況。

必要ワードだけを検出していたら、何か重大なことを取り零してしまいそうで怖い。なので、僕は片っ端から網羅していったというわけである。

速読に加えて、二冊以上を同時に読むために並列思考ブレビアという魔法も使いながら。しかし、仕事をしながら一日に六千冊というのは流石に疲れた。いや、本当に。もう頭痛が酷過ぎてならないね。

数年前の僕は一日で一万冊以上読んでいたこともあると考えると、当時の僕がどれだけ異常だったかがわかる。並列思考×3で発動とかしてたからできたことだ。

一日六千冊も常人離れ……いや、もはや人間じゃないな。


僕が疲れて休憩している時に公爵様は会談を終えて戻られ、シオン様を連れて王都内にある屋敷へとご帰宅された。

しばらくは王都に留まるそうなので、シオン様をよろしくと言い残されて。

流石に毎日は来れないだろうし、僕も司書の仕事がある。

可能な限り時間を見つけて、調査を進めておかないとな。


等々諸々のことを考えて眠りに着いたのは、日付を回った頃。

夢を見ることなく深い眠りから抜け、起床したのは早朝の五時。睡眠時間が足りないのではないかとフィオナによく言われるけど、別に足りてると自分では思ってるよ。二度寝すると、かなり時間が経過してしまうこともあるしね。体感五分だったのに、実際には二時間経過しているなんて経験は色んな人があると思う。


そうならないために、僕は二度寝をせずに早く起きて、仕事の準備をしているわけだし。

いつもの司書服に黒い博士帽子を着用し、下宿先を出てまだ暗い王都の街中を歩く。

朝というのも躊躇われる時間のためか、通りの店はまだ真っ暗。唯一ベーカリーが早朝の仕込みを行っているようで、灯りがついているだけ。

できるなら、僕も喫茶店で朝食を摂ってから図書館に向かいたかったのだけれど、文句は言ってられない。


いや、普段はもっと遅いんだ。図書館が開くのは朝の九時からなので、いつも七時くらいに家を出て準備をしている。

けど、今はできる限りシオン様の病を治療する手掛かりが欲しい。魔法文献はまだまだあるので、少しでも時間が惜しいのだ。

幸い司書室に寝泊まりすることが多いので、休憩中の仮眠道具や数日分の食糧は保存してある。ふふ、ほとんど図書館に籠っているから、そういう準備は万全なんだ。食事もそこで済ませてしまおう。


図書館の裏口に辿りつき、懐から鍵を取り出して鍵穴に差し込もうとした、その時。


「なんでこんな早い時間から図書館に来てるんだ?」


聞き馴染んだような馴染んでいないような、どっちともつかない声。

まぁ、一度は聞いたことがあるのは確かなんだけど、そこまで頻繁に会うわけではないので、聞き馴染んではいないか。

振り向き、僕は博士帽子の位置を直しながら声をかけてきた人物に視線を向けた。


「そういう君こそ、なんでこんな時間にこんなところにいるんだよ。エゼル」

「普通に朝の訓練で団長に呼び出されたんだよ。こんな時間にな」


心底気怠そうに溜息を吐いた彼の名はエゼル=フロイジャー。

凄腕の魔法士を多く輩出している王国きっての名家であるフロイジャー侯爵家の次男坊。上に兄と姉が一人ずついて、下には妹さんが二人だったかな?

皆魔力にも才能にも恵まれていて、とても強い。中でも群を抜いて魔法の才能があったのはエゼルだったのだけれど、家は絶対に継がないと父である侯爵様に言い放ち、出家してきたという何とも豪胆な経緯を持っている。


家の繋がりは一切頼らず、今では宮廷魔法士団のエースを張っているのだから大したものだよ。今年で十九歳だったかな?

知り合った経緯は……また後日。


「訓練って……こんな朝早くから大変だね」

「そうなんだよッ! まだ眠たいのにさぁー。人使いが荒すぎるっての!」

「はは、でも団長さんも何かあったから呼び出したんじゃないの?」

「罰だとよ」


目をぱちくりさせる。

罰?


「えっと……何かやらかしたの?」

「団長がいない時に訓練でよ、他の団員たちを纏めて稽古してやるって言って全員ぶっ飛ばした」

「あぁ、それは君が悪いね。潔く団長にボコボコに……はされないだろうから、適度に汗を流してきなよ。あんまりやりすぎないようにね」

「訓練場を壊さない程度に頑張って来る。んで、セレルはどうしてこんな時間にいるんだ?」


まぁ、気になるか。

普段はもっと遅い時間に来てるし、会うことなんて滅多になからね。

ただ、詳細を伝えるのは躊躇われるので、少し誤魔化しながら事情を説明する。


「実は、ベルナール公爵の御息女が病を患われてね。色んな魔法医に診てもらっても治療方法がわからなかったそうで。僕に何とかしてくれって依頼が来たから、図書館の医学書やら魔法文献を読み漁っているってわけだよ」

「専門の奴が投げ出した問題をお前が解決できるのか?」

「さぁ? でも、できることはやらないとね。少なくとも、あのお嬢様は治したいって思ってるんだから」

「……相変わらず、良い奴だな。魔法の腕もあるし、本当に司書には勿体ない奴だ」


僕の肩を右手で掴んだエゼルは提案する。


「今からでも遅くない。俺たち宮廷魔法士団の仲間にならないか? お前ならすぐに副団長くらいにはなれるだろ」

「よしてくれよ。僕はただの司書だし。っていうか、そんな簡単に言ってくれるけど──」


僕はエゼルにジト目を向けた。

いや、本当に簡単に言ってくれるというか、僕に対しての過大評価が過ぎると思う。副団長になれるなんて、無理だよ。

圧倒的な差があるんだから。


「君も団長も副団長も、契約している魔導書が智天書ケルビムじゃないか。その時点で副団長何て無理だよ。僕は能天書パワーズ。その差は歴然だ」

「その差を物ともせずに俺と対等にやり合ったお前が言うと、嫌味にしか聞こえないな。あの時下手したらどっちか死んでたぞ?」

「それは君が柄にもなく本気になったからじゃないか。こっちの身にもなってくれ。それより、いいの? 時間」

「あ、やべ!」


話してから既に十数分が経過している。

あんまり遅くなりすぎると、宮廷魔法士団長殿が怒り心頭で彼を迎えに来ることになるだろうね。そのことが頭に過ったみたいで、エゼルは「じゃあなッ!」と慌て気味に言い残して走り去って行った。

全く元気な人だよ本当に。言動と言い、とても僕より年上だとは思えないな。

魔法の実力は凄いんだろうけど、もう少し落ち着いてほしいと思う。


「……朝ごはん食べよ」


後ろ姿を見送った僕は差し込んだままだった鍵を回して扉を開け、図書館の中へと入った。

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