第2話 書籍検出
医学書が多く並んでいる八階に上った僕は、早速先ほど預かったシオン様の診断書に目を通すことに。
丁寧に封筒の封を開け、読書や勉学用に置かれている椅子の一つに腰を下ろした。
封筒の中には、幾つもの診断書が入っている。
その数は全部で十三枚と、シオン様がかなり多くの診察を受けてきたことが伺える。身体機能、脳の活動、筋肉の細部まで詳細に記されていた。
大変だっただろうなぁ。一つの診断を受けるだけでも疲れるのに、それを何度も何度も……親心があってのことだから、仕方ないのだろうけど。
「……なるほどなぁ」
診断書を綺麗に折り畳み、再び封筒の中に戻す。
簡単に診断書に目を通したけど、異常が見られたのは三つだ。
「シオン様は、ご自身の身体に起きている異常を把握されていますか?」
「い、いえ。その、お医者様がお父様とお話をされているのは聞いていましたが、詳しいことはよくわからなくて」
「専門的な言葉を使うことが多いですからね。ちなみに、今は学校の方は?」
「今年から、魔法学校中等部の二年生になります。一年生は座学しか行わないので魔導書との契約も必要なかったんですけど、今年からはそうも行かず……。そんなタイミングで、この病を患ってしまいまして」
悲しそうにするシオン様。
この図書館の近くにある魔法学校は、中等部と高等部に分かれている。
十三~十五歳の子らは中等部になり、十六~十八の子らは高等部になる。
それぞれ成長度合いに見合った授業を受けることになるのが、修練学校の特徴だね。
中等部一年生はまだ判断も難しく魔法の制御も不十分で事故を起こしやすいので、実技ではなく座学を集中的に行い、必要な知識を養うのだ。だから、魔導書との契約も必要ない。
中等部の二年生になるということは、今年で十四歳か。僕の予想は当たっていたようだ。
「中等部の一年生で言うと、魔法の属性や魔導書の詳細などが基本となってきますから、身体の魔法的器官に関しては習いませんね」
「魔法的器官、ですか?」
「これから習うと思いますが、少し予習をしましょうか」
首を傾げるシオン様の姿は何とも可愛らしいけれど、僕は一切そんなことを口にせずに簡単な説明をすることに。
今後の試験には絶対に出て来ることだろうし、ここで理解を深めておくことは後からためになる。損にはならないよ。
「魔法的器官とは、大きく分けて三つです。
魔力を生成する役割を持つアレコア。生成した魔力を全身に運ぶスケイル。そして余剰魔力を体外へと放出するブレメルド。
臓器で言えば、アレコアは心臓。スケイルは血管。ブレメルドは肌です。
心臓で生成した魔力を血流に乗った血管が運び、身体の熱を放出するのと同じように魔力を放出して体内の魔力量を調整する」
基本的なことは、中等部でも触る程度のことはするだろう。
そして魔法的器官を説明した今なら、シオン様の病気を噛み砕いて説明すれば理解することもできるはず。
「シオン様の身体は今、この魔法的器官が上手く機能していない状態にあるんです」
「え?」
絶句するシオン様。
そりゃ、そんな反応にもなるよね。何しろ、魔法的器官が機能していないということは、魔導書との契約どころか、魔法士になることができないことを意味しているんだから。
「魔力生成能力、伝達率、放出率。その全てが極端に低下している状態にあります。恐らく今は大丈夫でも、近い未来に身体の異常が体調に現れると思いますよ」
「そんな……」
「僕も魔法的器官全てがこのような状態になる病気を見るのは、初めてです。こんなことが起こりうるのですね……」
初めて聞く症例だし、これは色んな魔法医が投げ出してしまっても仕方ないかもしれないな。治療法は全くわからないし、魔法的器官は他の臓器と比べて凄まじくデリケート。下手な治療を施せば、最悪器官そのものが死にかねない。
全く、公爵様は大変な仕事を持ってきてくれたものだ。
いや、この場合責めるべきはフィオナの方か。彼に僕を紹介したのはあの人だし、そもそも詳細も聞かずに僕に任せれば大丈夫とか言わないでほしい。信頼されている証なんだろうけどさ。
今度会ったら……もう会わないとか言ってみるか。意地悪しよう。
「しかし、この病気で苦しんでいるシオン様を前に匙を投げるのも後味が悪い。公爵様にも承諾の返事を出してしまった以上、やれることはやります」
「治す方法があるんですか?」
「それはまだわかりません。ですが、出来る限り調べます。まずは……八階にある医学書全てを網羅することからですね──
片手に魔導書を召喚し、身体の正面にそれを浮かせ、魔力を込める。
雷天断章は淡い光と共に微量の放電を行い、大気を弾く雷の音を響かせる。
「それが、セレル様の魔導書……」
「えぇ。雷天断章。九つの位階の内、第六位階である
「魔導書に、能力?」
「あれ? ご存じではありませんか? 全ての魔導書は個々に能力を宿しているんです」
基本的には一つの魔法系統を強化したりという、補助的なものでしかない。
けれど、上位三書の書物には固有能力というものが備わっており、それ自体がとても強力。
書物の位階によって当人の実力が大きく変化する。
それが、この魔導書の特徴でもあった。
「僕は雷と風に特化していますが、職業柄攻撃魔法を使う機会は限られてきます。ですので、僕はこんな魔法を習得しました」
魔導書に手を翳し、呟く。
「──
瞬間、紫電が魔導書から放出され、図書館に所蔵されている本を一瞬で伝う。
かなりの高電圧。
しかし、本は焼けこげるどころか傷がつくことすらない。
それは当然、この雷は攻撃性皆無の雷だから。
「セレル様、今のは一体──」
「探っているのですよ……これくらいか」
シオン様の疑問を遮った瞬間、僕らのいる八階の本棚からは数冊の本が一人でに浮かび上がり、僕の元に飛んできた。
それは僕の周囲を旋回するように回っており、微弱な紫電を纏っているのがわかる。
その状態で魔導書をしばらく眺めていた僕は、十数秒程で魔導書を閉じた。
途端、僕の周囲に浮かんでいた書物は再び飛んでいき、元の場所へ収納された。
「……やはり、この図書館にある書物には、確実な治療法というものが記載されたものはありませんね。一千万冊以上を所蔵しているこの図書館にもないとなると……」
「い、今のは……何ですか?」
顎に手を当てた僕にシオン様が興奮気味に尋ねる。
そうか、そう言えば言葉を途中で遮ったのだった。魔法士の魔法を詮索することはマナー違反だけど、僕のこの魔法は、親しい間柄の人の間では周知のことなので、別に教えたところで何も問題はない。
「僕が作った魔法で、検出というものです。この世界の書物は、古来より砂鉄を含んだ色雫で書かれています。一般に流通している大量複製された本もそうです。それらに電気を流すことで僕の魔導書と連結させ、僕の望んだ事柄が記された書物を検出し、風魔法で僕の元まで持ってきているんですよ。まぁ、僕が一度読んだものにしか効果を発揮しませんが」
「読んだもの、ですか?」
「はい。つまり、この図書館内の書物であれば、全て検出の効果を発揮しますよ」
シオン様は絶句して何も言葉を発さない。
まぁ、そりゃそうか。
だって、僕が言っていることはこの図書館に所蔵されている一千万冊以上の本を、僕は全て読んだと言っているのだから。事実、全部読んだけどね。
禁書も含めて。
「シオン様は、この図書館に来るのは初めてですか?」
「はい。来たいとは思っていたんですけど、その、先生が授業の範囲なら学校の図書館だけで十分と言われて……」
「あぁ、それはあれですね。僕はあの学校の先生方に目の敵にされてますから。自分の生徒がここに来るのを引き止めたかったんだと思います」
「? どうして目の敵になんか……」
……あんまり言いたくないんだよねぇ。
あの学校の先生は結構貴族主義というか学歴主義というか、とにかく魔法学校を出ていない人を見下す傾向があるんだ。
勿論、生徒にはそんなことはしない。寧ろ生徒に関しては積極的に教えて、将来王国の中枢になるんだぞと激励を送るくらいだ。理由はまぁ、この凄い子は私が育てたんだ! って自慢したいからだろうね。
で、平民で魔法学校も出ていない僕がこの図書館で司書をやっていて、剰え僕が生徒たちに勉強を教えていることを知った先生方が数名乗り込んで来たんだよ。
貴様が教えるなとか、学のない者がこの図書館で司書をするなとか、それはまぁ色々と言われたよ。
で、僕も素直に謝れるような質じゃないから、ついつい言ってしまった。
──小さい器の人間に教えられる生徒が可哀想で仕方ない。しかも、魔法の実力もないなんて……。
って、馬鹿にした口調で。
当然先生方は激怒。けど、その時丁度一緒に居たフィオナの一言で、渋々、本当に渋々帰って行った。
それ以来、新規の生徒さんが来ることが少し減ったかな。
「そうだったんですね……」
「まぁ、生徒が減っても減らなくても、僕としては興味ないです。ただ、来てくれた子たちには、多少勉強は教えてます。時間が空いていれば、ですけどね」
「うぅ、もっと早くに来ていればよかったです」
「学校が始まったらいらしてください。でも、その前にシオン様の病気を治す方法を見つけないといけませんね」
自体はあんまりよくない。早いところ、有力な手がかりを見つけ出さなければ。
浮かせていた魔導書を手に取った僕は、難しいこの問題に首を傾けた。
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