何と言われようとも、僕はただの宮廷司書です。
安居院晃
一章 司書の日常
プロローグ
本作は12月1日、KADOKAWAスニーカー文庫様より第一巻が発売予定です。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「さて、本日はどのようなご用件でしょうか。王女殿下」
王都中央に位置する王立魔法図書館。
その中にある司書室にて対面に座った人物を睨んだ僕は、両手を合わせ問い尋ねた。
嫌な予感しかしないのは、きっと気のせいではない。僕の勘は当たるからね。
案の定、にやついた笑みが返ってきた。
「何って言われても、覚悟はできたかってことを聞きに来たのよ。それが一番の目的ってわけじゃないけど」
「はぁ。あの、何度来られても僕の回答は変わらないとお伝えしたはずですが?」
「その日の気分ってものがあるでしょう? いつまでも同じ精神状態や考えを持ち続けられるわけでもないから、こうして時折来てるんじゃない。それで? ちゃんと言葉にしてもらわないとわからないわよ」
「じゃあ──」
僕は傲慢な態度を取っている彼女──フィオナ第三王女殿下に真顔で告げ、頭を下げた。
「申し訳ありませんが、御断りさせていただきます」
「ふ、ふふ……」
微笑を浮かべた彼女は僕が淹れた紅茶を一度口に含み──偉ぶっていた態度を崩し、碧眼に涙を浮かべながら僕を見た。
「ねぇセレル……私といるのが、そんなに嫌なの……? こんなにもお願いしてるのに……なんで断っちゃうの?」
「うっ」
チクっと僕の心が痛んだ。
突然可愛らしくなるから困るなぁ……本当に最後まで態度が持たない人だ。
元々の容姿も相まって、こうやってしおらしくなってしまうと中々無下には扱えない。そもそも王族なので、無下に扱ってはいけないのだけど……昔からの付き合いだし、僕は別だ。所謂幼馴染というやつ。
敬語も使わないでとお願いされているし、フィオナは僕に他人行儀な接し方をされることを嫌っている。
「いや、だから何度も言ってるけど、僕は司書なんだ。いきなり君の専属護衛なんてできるわけないだろう? 第一、その役割は国王陛下から直々に任命された魔法士がなるもの。宮廷司書で……出自もあやふやな僕がなれるわけないよ」
「そ、その辺りは私がなんとかするわよ! 出自何て、幾らでも偽装はできるんだから!」
「いや王女殿下が犯罪行為を推奨するなよ」
「私が法律だから問題ないわ!」
「この図書館の地下に法典があるのを知ってるだろう……」
この国の資料は粗方この図書館に保管されている。
中には、図書館を管理している僕でさえ、国の許可なく閲覧することができないものまであるのだ。時折、そんな重要な場所を僕なんかに任せていいのかと思うけど、それを任命したのは他ならぬ国王陛下。誰も文句は言えないんだろうな。
未だに悔し気に何かを言い繕おうとしているフィオナに、僕は念を押しておく。
「ただの司書に、そんな重要な役目を任せないでおくれ。君に何かあったら、僕は腹を斬るしかない。それでも償いきれないだろうけどさ」
「ただの司書、ね」
「何だよ」
含んだ言い方をしたフィオナを訝し気に見ると、彼女は脚を組んで肩を竦めた。
「そもそも、この図書館の仕事を一人で完璧にこなしている人は、普通じゃないのよ」
「? 別に普通でしょ。前の司書も一人でやっていたんだし」
「そうね。その人はあまりの仕事量に五日でやめたけど」
「そうだっけ? あんまり記憶ないな」
「そうよ。っていうかね。この馬鹿みたいに大きな図書館は本来一人できりもりするところじゃないのよ!」
フィオナの言い分は、まぁよくわかる。
この魔法図書館は国の中で一番大きな図書館だ。
地下を除いて階数は実に地上二十階まであり、一体地上からどれだけの高さがあるのかわからない。所蔵している本の冊数は一千万冊以上。
その中には閲覧に制限のかけられた危険書物なども含まれている。取り扱いには慎重にならなければならない類だ。
「巨大な図書館の司書って、普通は二十人以上はいるべきなのよ? だけど、あまりに膨大な仕事量、階段を行き来する体力、時折危険書を狙ってくる襲撃者、何より……地下に封印された禁書の危険書物たちが放つ瘴気に耐えられる人がほとんどいなくて、今では王国の宮廷司書は貴方一人。全く、王宮で暇してる賢者の御爺さんたちを連れてくればいいものを……浮遊すれば階段を上る労力もいらないだろうし」
「僕がいなくなったら、この図書館は大変なことになるだろうね。王女殿下の護衛よりも、こっちの方が大事なんだよ」
「……私は大事じゃないの?」
「大事だよ。でも、僕じゃなくても君を護ることはできるから。それに、この図書館を離れると、君に危害が行くかもしれないだろう?」
禁書が暴発でもしようものなら、王都が危ない。
それは当然、王宮に住んでいるフィオナにも危険が迫るということ。そうならないために、僕は司書をやめるわけにはいかないんだ。
まぁ、実際は司書の仕事が好きだからなんだけど。
「はぁ。仕方ないわね」
「ご理解いただけたようで何よりです」
「諦めたわけではないわよ? セレルのような魔導書を持った人材を、こんなところで無駄にするわけにはいかないんだから」
「…………何のことでしょうか」
そっぽを向いて目を逸らすと、フィオナは自身の肩口まで伸びた薄い紫を含んだ白髪を触り、わざとらしい笑みを浮かべた。
くっ、完璧にからかってやがる!
「ふふふ、暗い世界にいた貴方を見つけ出したのは誰なのか、忘れたの? 貴方に関する情報は何でも知ってるわよ? 貴方の持つ魔導書の位階は、当然のことだけど」
「ぼ、僕の魔導書は
「へぇ……言い張るんだ」
「……嘘は言ってないから」
「そうね。嘘は言ってないわ。本当のことも言ってないけど」
ずっとニヤニヤを崩さないフィオナ。
知られているみたい……知られているのは当然なんだけど、僕は絶対に認めないぞとしらをきることにした。
認めなければこっちのものだ。それに、嘘は言っていないからな!
でもその内ボロがでそうなので、ここは強引に話を変えさせてもらうことにした。
「そんなことを言いに来ただけなら、帰ってくれないかな。僕はこれでも忙しい身なんだ」
「まだ三番目の用事が残っているわ。と言っても、すぐに終わるけど」
「なんだい?」
問い尋ねると、彼女は一枚の封筒を取り出し、僕に手渡した。
ご丁寧にも蝋の押印が押されている。そのすぐ近くに書かれている名前。
これは……。
「ベルナール公爵?」
「国王陛下の右腕と評される御方よ。王国領の東側を任せられていて、領主であると同時に凄腕の魔法士ということでも有名。ちなみに彼の魔導書位階は
「そこまでは聞いてないよ。どうしてこれを僕に?」
「決まってるでしょ。六日後、貴方に用事があるからここに来るそうよ。これはその書簡」
「僕に用事って、何の用? 会ったこともないんだけど」
「さぁ? でも、この大図書館に年単位で司書を続ける人なんて早々いないから、興味でもあるんじゃない? もしくは貴方の頭に入っている膨大な知識と知恵を借りたい何かがあるとか」
フィオナはそういうけれど、特に思い当たる節はないな。
会ったこともない、というかあちらが僕のことを知っていること自体が驚きそのものなのだし。
ハッ! もしや新しい司書を連れてきたからやめろ、とか?
ないか。そんな簡単に司書なんか見つかるなら、僕が今まで一人で司書をやっているはずがないからね。
「何にせよ、了解したよ。六日後にベルナール公爵が図書館に来館ね」
「よろしく」
「それで、一番の目的っていうのは何なの?」
まだ聞いていなかった、フィオナがここを訪れた一番の理由。
公爵様が面会を求めていることを伝える。これ以上に大事なこととは一体?
と思って尋ねると、フィオナはティーカップの中身を飲み干し、そっぽを向いて言った。
「……セレルとお茶したかったから、来たんだよ」
「……」
不覚にもその表情と言い方にドキッとしてしまいました。
どうしてこの王女殿下はこんなに可愛いんですかね。最後まで傲岸不遜な態度を崩さないでほしい。それが作られたものだってことはわかっているけどさ。
とりあえず……帰れというわけにもいかなかったのと、僕がドキッとしたので、紅茶をもう一杯淹れ、小一時間ほど談笑を楽しんだ。
この日から丁度六日後。
僕の人生の中で最も……は言い過ぎな気がするけど、とにかく大変な依頼が舞い込んでくることになる。
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