“そういう事”ってどーゆー事?

「ちょっと久野原!」


 学校の休み時間。

 いつものようにラノベを読んでいたら、不快な声が俺の名前を呼んだ。

 嫌々ながら顔を上げると、そこにはクラスカーストの頂点に立つ女子グループが居た。

 もちろんそこには美加登佐津姫の姿もある。


「何か用?」


 気の抜けた声で訊く。


「アンタがそこでキモい本読んでたら邪魔になるんだけど」

「悪いんだけどさ、ちょっとどっか行ってくれない?」

「邪魔って言われても……ここ俺の席だぞ」


 現在の状況を説明すると、女子達がキャッキャウフフと談笑しているその真後ろの自分の席で読書に興じていただけなのに、邪魔だと言われたというワケだ。


「んな事知ってるっつの。誰の席だろうと目障りだからどっか行けって言ってんの。ちょっとは他人の迷惑考えろよ」


 ただ自分の席で読書しているだけで迷惑とか、何だその基本的人権を完全無視した理屈、聞いた事ないぞ。

 一体どこの田舎に行けばそんなヒジョーシキな風習があるんだ?

 ボッチをそこら辺の石コロと同一視しているのか。

 どちらかというと彼女達こそ読書の邪魔をしている。


「俺の席なんだから、いつ座ろうと俺の勝手だろうが」

「はぁーうっざコイツ! 空気読めよ!」

「マジでキモいんですけどぉー」


 出た、女子が気に入らない相手を罵る時の常套句「うざい」と「キモい」。

 本当に○○の一つ覚えのようにこればっかり。

 多分、他に語彙を持ってないんだろうな。

 こんな奴らに罵倒されても痛くも痒くもない。


「ちょっと佐津姫も黙ってないでコイツに何か言ってやってよ!」

「え?」


 と、そこで先程からずっと黙って見ていた美加登に、女子の一人が話しかけた。


「コイツ、私達が話してるのを邪魔してんのよ! 何か言う事あるでしょ!?」

「えーあーそうね……」


 いつ俺が邪魔をしたんだ? 事実を歪曲するんじゃない。

 美加登は動揺しながら、恐る恐るといった様子で俺に近づく。


「あ、あのー。そこに居られるとちょっと困るんだけど……」

「昨日の録音……」

「ひぐっ!?」


 美加登はビクンと肩を震わせ、まるで犬が「キャイン」と鳴くように怯えた声を発した。


「ふうぅ……」

「どうかしたの佐津姫?」

「な、何でもない!」


 いつもは率先して俺を罵倒していた彼女の異変に、女子達が訝しげな目を向ける。

 自分達ではどうしようもないので、グループのリーダーである美加登を担ぎ出したのだろうが、計算違いだったな。

 ――と次の瞬間、美加登が信じられない行動に出る。


「ちょっと!」

「え、ちょ――」


 いきなり俺の腕を掴むと、そのまま教室の外まで引っ張って行った。

 抵抗する暇も無かった俺は、されるがままに連れ去られてしまう。


「おい、どういう事だよ。あの美加登さんがあんなオタクにビビるなんて」


 背後では事情を知らないクラスメイトが口々に噂話を始めている。


「何か弱みでも握られてんじゃね?」

「ひっどーい! 許せないわねそんな最低な事するなんて」

「いかにもオタクの陰キャがやりそうな事だな。調子に乗らないよう今度皆でシメてやろうぜ」


 好き勝手言っている。

 まあ一部当たってたりするのだが。




「どういうつもりよアンタ?」


 今、俺は校舎の裏側に連れて来られて、これからカツアゲでもされるように胸倉を掴まれている。

 もっとも、相手はガラの悪い不良ではなく、性格の悪い超絶美少女だが。


「学校では私がメイドやってる事、黙ってくれるよう言ったわよね? なのに何であんな事言ったのよ!」

「俺は承諾した覚えはないんだが」


 というかバレるのが嫌なら、公衆の面前で俺を誘拐したのはマズいんじゃあ……。


「とにかく、もしこの事がバレたらアンタの家が実は金持ちだって事も皆にバラすわよ」

「……雇用主を脅迫するのか、やっぱり性格が悪いな君」

「アンタよりはマシよ」


 中学時代、金目当てで近づいてくる大勢の生徒達に辟易した俺は、高校生になってからは素性を隠す事にした。

 要するに俺は選択的ボッチなのだ。

 わざわざ他人に気を遣ってまで、友達を作る必要がどこにあるのか。

 確かに美加登に俺の正体をバラされたら困る、が――


「まあいいさ、仮にそうなったら最悪転校するから。住所が変わったら君を解雇しなきゃいけなくなるなあ」

「んなっ! こ、この卑怯者!」

「君よりはマシだよ」


 どうやら美加登はそこまで考えが及ばなかったようだ。


「それに君だって本当は嫌いな相手に頭を下げる仕事なんてやりたくないんだろう? だったらむしろ解雇されるのを望んでいるんじゃないか?」

「…………」

「ん?」


 妙だな。

 てっきり反論してくると思ったのに、大人しく黙り込んでいる。


「べ、別に嫌いな訳じゃないわよ……」

「え?」


 今何と言った?

 俺が嫌いじゃないなら過去の暴言は何だったんだ。

 クビになるのを恐れて嘘を言っているのかと思ったが、どうもそんな様子でもない。


「アンタこそ、私の事が嫌いなんでしょ? 嫌がらせしてないでとっととクビにすればいいのに」

「いや……さすがにそこまでする気は……」

「嫌いじゃ……ないの?」

「えーいやー……ま、まあそうなるのかな……」


 あれ? 俺は今何を口走っているんだ。

 美加登が嫌いだから仕返しをしているんじゃなかったのか。

 潤んだ瞳で見つめられた途端、独りでに言葉が出てきてしまった。

 俺の返事を聞いた美加登は――


「そう、良かった……」


 何が“良かった”のか。

 皆目見当がつかないが、美加登がどことなく嬉しそうに微笑んでいるように見えて、不覚にもドキッとしてしまった。

 意識していなかったが、今は超絶美少女と二人きりで居るのだ。


「…………」

「…………」


 な、何だこの気まずい沈黙は。

 何か言わなきゃいけないのに、言葉が見つからない。


「と、とにかく、私は仕事を辞めるつもりはないから、そういう事で!」


 沈黙に耐え兼ねた美加登は、そう言い残して教室に戻って行った。


「“そういう事”ってどーゆー事?」

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