闇に堕として
みこ
闇に堕として
「今日も図書委員か?」
「ああ。その前にちょっと」
「またあの先輩かよ」
「ああ見えて、尊敬できる」
そんな風にそっけなく返す。けれど、尊敬——なんて、そんな簡単な言葉で片付けられる感情ならどれ程よかったか。
「先輩」
声をかける。それだけで、「おう!」と明るい色の髪がなびいて、明るい笑顔がこちらを向いた。まるで太陽。
俺が動けなくなった時、スポットライトの下にいられなくなった時、闇に飲み込まれた時、そばにいてくれたのは先輩だった。
まだ、子供だった。嫌なことを嫌とも言えないで。
そんな小さな俺の手を、握ってくれたのが先輩だった。スポットライトなんていう人工的な明かりではなくて、太陽の下へ連れ出してくれた。
「これ、この間言ってた本です」
「ありがとう。じゃあちょっと借りていくぞ」
そんな太陽のような人に、俺はなんて感情を抱いてしまったんだろう。なんて生々しい感情を抱いてしまったんだろう。
でも出来ることなら。出来ることなら、その腕を引いて、俺の世界へ連れ去ってしまいたい。抱きしめて、閉じ込めて、舐め尽くしてしまいたい。
「せんぱ……」
言いかけて、無意識に呼び止めようとしている自分に気づいた。
ダメなんだ。こんな感情を悟られては。光の中にいる先輩を、闇へ堕としてしまう。
……けれど思う。それがなんだっていうんだ。一緒に堕ちてくれるなら……俺はこの人がいい。
「ん?」
とまた振り返ってくれた顔は、俺の顔を見た瞬間、曇った。……顔に出ていたか。
「どした……?」
そう言うと、先輩は俺の頭を撫でる。あの頃のように。小さくて、純粋だったあの頃と同じように。
そんな、躊躇なく触らないでくれ。
その手を捕まえたくなる。捕まえて、口づけて、その光の申し子みたいな顔を、歪めて、壊してやりたい。
いったいどんな顔をするんだか。
その腕を捕まえて、先輩の顔を見た。妙な空気が流れる。つい泣きそうになって、慌ててその手を離した。
「いえ……なんでも」
そう小さく言うと、先輩は慈しむような顔を向けた。
「何かあったら……言えよ」
静かにそう言って、俺の頭を撫で回すと、その手が離れていく。離れていく瞬間見た顔は、やはり眩しい顔で笑っていた。離れがたい。すがりたい。
先輩が手を振って、行ってしまう。
小さく手を振って、苦笑した。
本当はわかってる。
先輩が、悩みがないなんてことはない。泣いていたことも、苦しんでいたことも知っている。悩んでも苦しんでも、そんな気配微塵も感じさせない。そんな強さに惹かれたのだから。
後ろ姿を見送る。
また、言いたくない気持ちを、心の中に押し込んだ。
闇に堕として みこ @mikoto_chan
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