第34話 私と彼女

見たところ、彼女は、心身共にかなり消耗しており、

自力で歩くことさえ難しい状態のようだ。

さすがに、このまま放っておくわけにもいかないだろうと考え、

しばらくの間、ここで匿うことにした。

幸い、食料は十分に確保してあるし、いざとなれば、

近くの村に行って調達することも可能だ。

何よりも、ここなら人目につきにくいという点が大きい。

それに、彼女自身、追われる身であるため、

下手に動き回るよりも、ここに留まっていた方が安全だろうと判断したのだ。

こうして、彼女との奇妙な共同生活が始まったのである。

初めのうちは、お互い警戒し合っており、

なかなか打ち解けられなかったものの、時間と共に、

次第に打ち解けていったように思う。

今では、すっかり心を許してくれるようになったようで、

笑顔を見せてくれるようになった。

彼女の笑顔を見る度に、不思議と心が温かくなっていくのを感じた。

その一方で、自分の中に潜む醜い欲望を自覚し、罪悪感に苛まれていたのも事実だった。

だが、それすらも忘れてしまうくらい、幸せな日々が続いたのである。

そんなある日、突然の来客が訪れたことで、

私たちの運命は大きく変わることになるのだった……。

ある日、森の入り口付近に佇む小高い丘に建てられた木造の小さな小屋を訪ねた男の姿があった。

男は、全身に漆黒の甲冑を身につけており、頭から爪先まで一切露出のない完全武装状態であった。

片手に持つ剣の柄からは、怪しげな紫色の輝きを放っている。

まるで、見る者を不安にさせるような不気味な雰囲気を放っていたが、

その正体を知る者は、ごく一部の人間だけであった。

なぜなら、彼は、魔王軍の中でも、その名を知らぬ者はいないと言われるほどの猛者であり、

これまで多くの同胞達を殺してきた恐るべき殺人鬼でもあるからだ。

そんな彼の目的は、ただ一つ、宿敵を倒すことである。

彼の視線の先にある建物は、かつて、魔族たちが暮らしていた屋敷であったが、

今や廃墟となり果て、かつての栄華の痕跡を残すのみとなっていた。

だが、そんなことは関係ないと言わんばかりに、真っ直ぐ歩を進め、建物の中へ侵入していく。

そうすると、そこには、案の定、探し求めていた相手が待っていたのだ。

それは、年端もいかぬ少女の姿をした女の姿だった。

彼女は、侵入者の存在に気づくなり、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、

余裕綽々と言った感じで出迎えてきたのだ。

その表情を見る限り、まだ、自分に危害が加わるなどとは全く思っていない様子だ。

無理もないことだと言えるかもしれない。

何しろ、今の自分の実力ならば、問題なく倒せる相手だからだ。

しかし、この時の彼は違っていた。

これまでにない程の強大な魔力を感じ取り、直感的に悟ったのだ。

この女だけは油断してはいけないということを、

そして、こいつを倒した暁には、自分は更なる高みへと到達できるはずだということも、

同時に理解することができた。

だからこそ、今回の計画を実行に移したのだ。

事前に用意しておいた転移魔法陣を用い、

遥か遠方に存在する孤島の地下深くに作られた研究所へ向かった。

ここには、彼が信頼のおける協力者達が大勢控えており、

大規模な戦力を有し、尚且つ、強固な結界によって守られている場所だ。

そこなら、確実に勝てると判断し、この場所を選んだのであった。

予想通り、奴は単身で挑んできており、こちらを甘く見ているようだ。

好都合だな、と思いながら、戦闘態勢に入る。

まずは、牽制の意味を込めて、挨拶代わりに魔法を撃ち放つことにした。

奴の周りに、無数の光の矢が出現し、一斉に襲い掛かった。

しかし、それらを全て弾き飛ばすと同時に、目にも止まらぬ速さで距離を詰め、

あっという間に懐に入り込んでくる。

すかさず、迎撃しようとするが、その時には既に遅く、

鳩尾に強い一撃を叩き込まれた直後、背後に回り込まれてしまい、

喉元に剣先を突き付けられたまま動けなくなってしまう。

万事休すかと思われたその時、予想外のことが起こった。

何と、背後から声が聞こえてくるではないか。

驚いて振り返ると、そこに居たのは、全く見知らぬ二人の男女であった。

一人は、金髪碧眼の男、もう一人は、銀髪灰瞳の女、どちらも美形であったが、

それ以上に驚いたのは、その姿形が明らかに人間のものではなかったことだ。

男は、二足歩行の巨大な熊を思わせる姿をしており、女は、鋭い鉤爪を持った人間離れした容貌をしていたのだ。

二人共、外見は若いが、纏っているオーラからして、只者ではないことが分かる。

恐らく、魔族なのだろう。

そんな考えを巡らせていると、不意に、男が口を開いた。

その言葉に耳を傾けたところ、とんでもない真実を知ることとなった。

なんと、この二人こそが、自分と敵対する組織の幹部達だというではないか!

しかも、よりにもよって、最強の二人組だというのだから驚きである。

今まで、ずっと行動を共にしてきた二人は、お互いに信頼関係を築き上げていたに違いない。

その事実を知った瞬間、全身が震えるのを感じた。

恐怖心もあるだろうが、それ以上に高揚感の方が強かったと言えるだろう。

遂に、この時が来たかと言わんばかりに、覚悟を決めた。

絶対に負けられない戦いに身を投じることになったわけだ。

相手は、かなりの強敵であろうことは間違いないが、

それでも、必ず勝ってみせるという強い意志を抱いていた。

だが、一つだけ気になる点があった。

彼らが言っていた言葉の中に、何か聞き捨てならないものがあったような気がしたのだ。

もしそれが本当なら、自分達にとっては大きな問題になるだろうと考えたからである。

今思えば、彼らの言っていた言葉の意味を理解していれば、未来は変わっていたかもしれない。

(まぁ、今さら考えても仕方のないことだけど)

そんなことを思いつつ、目の前の相手に意識を向けることにするのだった。

森の中で、突如として姿を現した黒い鎧を纏った兵士風の男が、

悠然と進み出てくるのを見たとき、思わず身震いしてしまった。

まるで、闇そのものを背負っているかの如く、全身を覆い隠すような装束を身に着けているため、

表情を窺うことはできないが、おそらく、獲物を見つけた喜びに浸っていることだろう。

何せ、自分が捜し求めていた、宿敵とも言える存在であるからだ。

まさか、向こうから、わざわざ出向いてくるとは思わなかったが、

これで、決着を付けることが出来ると思うと、気持ちが昂ってくるのを感じた。

それは、隣にいる相方も同じ気持ちらしく、口元に笑みを浮かべて、待ち構えていたようである。

だが、すぐにでも戦闘開始といった気配はまるでなく、

むしろ、世間話をしているかのような気安ささえ感じられた。

恐らく、彼らは、既に自分たちの存在を認識しているのだろう。

だからこそ、このように落ち着き払っていられるのだと思えた。

さて、これからどうするかと考えていた時だった、唐突に声をかけられた。

振り向くと、そこには、美しい顔をした女性が立っていたのだ。

年齢は、二十代後半といったところだろうか、

大人の色気を感じさせる容姿をしているにもかかわらず、

どこか幼さも残している不思議な印象を受けた。

また、身にまとっている衣服は、質素ながらも高級そうな作りになっており、

気品を感じさせるデザインになっていることから、

どこかの王族か貴族の出身であることを感じさせられる。

その女性は、こちらを見つめたまま微笑んでおり、何かを伝えようとしているようだった。

言葉が通じないことを理解しているはずなのに、

構わず話そうとしてくる様子を見て、さすがに困惑せざるを得なかった。

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