第33話 助けた相手
もしかしたら、この文字を知っているのではないかと思い、
もう一度、じっくりと見てみることにしました。
そうすると、頭の中に、ある言葉が浮かんできたのです。
『この本を手にした者に告げる、汝、我が真名を叫べ』
次の瞬間、眩い光に包まれて、視界が真っ白になりました。
やがて、光が収まると、目の前に見知らぬ景色が広がっていることに気づきました。
先程までいたはずの部屋とは似ても似つかない場所で、
目の前には大きな机があり、その上に、一冊の分厚い本が置いてあるだけの簡素な作りの部屋です。
その本のタイトルは、掠れていて読めませんでした。
周りを見回すと、机の上に置かれたランプが、仄かな光を灯しています。
それ以外は何もありません。
まるで、別世界に迷い込んでしまったような気分です。
試しに、表紙に触れてみると、触れた部分が淡く光り、中から声が聞こえてきたのです。
その声は、先程聞いたものと全く同じものでした。
どうやら、この本自体が、意思を持っているようなのです。
ということは、もしかすると、この本に書かれている内容を読み上げれば、
元の世界へ帰れるかもしれないと思い、声に出して読んでみることにしました。
最初は、半信半疑だったのですが、読み進めていくうちに、徐々に記憶が蘇ってきたのです。
それは、自分自身の記憶ではなく、別の誰かの記憶です。
それも、つい最近の出来事でした。
それを理解した瞬間、目の前が真っ暗になり、意識を失いかけました。
このままでは危ないと思い、慌ててその場を離れようとしたのですが、遅かったようです。
突然、地面が大きく揺れ動いたかと思うと、天井が崩れ落ちてきたのです。
瓦礫に埋もれそうになりながらも、必死で這い出ようとするも、間に合いそうにありません。
もう駄目かと思ったその時、誰かに手を引かれ、間一髪、脱出することが出来ました。
一体、誰が助けてくれたんだろうと思った矢先、
目の前に現れた人物の顔を見て、思わず言葉を失ってしまいました。
そこにいたのは、紛れもなく、私自身だったからです。
服装こそ違えど、その顔は、どう見ても、鏡に映った自分の顔そのものでした。
驚きのあまり、呆然と立ち尽くしていると、目の前にいるもう一人の私が話しかけてきました。
何でも、ここは、私がいた世界とは別の世界であるらしく、
この世界では、私という存在そのものが、存在しないことになっているのだといいます。
つまり、この世界にいる人間は、全員、別人ということになるわけです。
その証拠に、よく見てみると、容姿だけでなく、
性格なども、まるで別人のように異なっていることがわかります。
例えば、目の前にいる私とそっくりな少女、
リリアちゃんは、明るく活発的で、誰からも好かれるタイプだとわかりました。
一方の私は、どちらかというと内気で、あまり人と関わることが得意ではありません。
そのため、友人と呼べる人は、一人もいませんでした。
そんな私とは対照的に、リリアちゃんは、いつも笑顔で、皆の中心にいる人気者のようでした。
そんな彼女との出会いをきっかけに、 私も少しずつ、変わっていこうと思っています。
そう心に誓い、彼女についていくことを決意しました。
リリアちゃんの家は、大通りに面した一角にあり、家族三人、仲良く暮らしていました。
父親は、漁師をしており、毎日、朝早くから船に乗り込んで漁に出かけているみたいです。
母親は、料理が得意で、いつも美味しい食事を振る舞ってくれる優しい人です。
兄は、まだ、幼く、両親の愛情を一身に受け、すくすくと成長しているといった感じでしょうか。
正直、羨ましいと思いました。
私なんか、小さい頃からずっと、ひとりぼっちだったから、
こうして、誰かと会話できるというだけで、
涙が出そうになるほど嬉しかったんです。
こんな楽しい日々が続くと思っていたのに、ある日、事件が起こりました。
いつものように、楽しくお喋りをしている最中、
突然、家の扉を叩く音が聞こえてきたのです。
なんだろうと思って、玄関の方に行ってみると、
そこには、見慣れない人物が立っていました。
その人物を見た瞬間、背筋が凍り付くような感覚に襲われました。
何故なら、そこに立っていたのは、私がよく知っている人物だったからです。
それは、幼い頃、私の両親を殺した張本人、
すなわち、私の仇でもあったからです。
どうして、こんなところにいるのか不思議に思ったものの、
理由を聞く暇もなく、一方的に捲し立てられるように責められました。
その内容というのは、自分が、この国で最も偉い存在であることを
誇示するかの如く、横暴な態度でした。
あまりの傲慢さに腹が立った私は、つい、言ってはいけない一言を口にしてしまったのです。
"あなたに何が分かるのよ!!"
その瞬間、彼の顔が、みるみる赤くなっていくのが分かりました。
完全に怒らせてしまったようです。
まずいと思った時にはすでに遅く、怒り狂った彼に、
無理矢理、家の外に連れ出されてしまいました。
そのまま、人気のない路地裏に連れ込まれ、壁に押し付けられるようにして、
身動きが取れないよう拘束されてしまいました。
抵抗しようにも、力の差がありすぎて、どうにもなりません。
それどころか、苦しさのあまり、まともに呼吸すらできませんでした。
意識が遠退きかけたその時、 誰かが、駆け付けてくれたのです。
その姿は、まさしく、救世主と呼ぶに相応しい姿でした。
彼の部下達は、瞬く間に倒されていき、残るは、目の前の男だけという状況になりました。
この状況においても、往生際悪く、
悪あがきを続けようとしていた男が、突然、叫び声を上げ、
その場に崩れ落ちたので、何事かと思って、様子を窺っていたところ、
その男の懐にあった短刀を取り落とし、拾おうとした際に、
誤って自分の指を切ってしまったみたいで、悶絶していました。
そんな彼の様子に、若干、同情の念を覚えつつも、
好機とばかりに、一気に畳み掛けることにしました。
まず、最初に、相手の両腕をへし折ります。
次に、両足も同じようにへし折って、動けないように固定したあと、
逃げられないようにするために、近くにあった紐を使って、手足を結び付けました。
それから、トドメをさすために、男の目の前で、短剣を振りかざし、
勢いよく振り下ろしたところ、見事に命中したので、男は、呆気なく絶命しました。
その後、遅れて到着した衛兵達に事情を説明し、後処理を任せると、
何事もなかったかのように、その場を後にしたのでした。
結局、あの男の正体は何だったのか、
なぜ、私の家を訪れたのか、未だにわかりませんが、
もう二度と関わりたくはないと思うばかりなのでした。
今日は、朝から雨模様だ。
窓の外からは、ザーッという音が絶え間なく聞こえてくる。
部屋の中は相変わらず薄暗く、時折、稲光が走って、
その度に、室内を照らし出すといった有様だ。
そんな中、私は、ひとり静かに佇んでいた。
どうしてこんなことになったのだろう?
つい数時間前の出来事を思い出しながら、深い溜息をつく。
遡ること、数日前のこと、いつも通り狩りを終えて帰路につく途中、
道端に倒れている一人の女性を発見した。
声をかけようと近づいてみると、微かに息をしているのが分かり、ひとまず安堵する。
ただ、よく見ると、身体中傷だらけであり、見るからに満身創痍といった状態だった。
さらに、身に付けている衣服が、とても高価なものだと一目見ただけで分かったため、
身分の高い人ではないかと推測できた。
このまま放置しておくわけにもいかず、とりあえず応急処置だけでもしておこうと考えて、
近くにあった洞窟の中へと連れて行くことにした。
彼女を寝かせた後、傷の状態を確認してみると、想像以上に酷かった。
あちこちに血が滲んでおり、所々、肉が見え隠れしている部分もあったりと、
かなり危険な状態だということが窺える。
一刻も早く治療を始めなければと思い、救急箱を取り出すと、
包帯や消毒液などを取り出し、手当を開始した。
幸い、骨などに異常はなく、骨折や脱臼、切り傷などの怪我はあったものの、
どれも軽症だったため、大事に至らなくて済んだようだ。
一通りの治療を終えたところで、彼女が目を覚ましたことに気づいたので、
声をかけようとしたのだが、何故か、何も喋らないどころか、
こちらの顔を見ることすらなく、どこか怯えた様子で身体を震わせていた。
その様子を見て、何となく事情を察した私は、そっとしておくことに決めた。
しばらくして、落ち着いた頃を見計らって、
再度、話しかけようとしたが、今度は、彼女の方から話しかけてきたのだ。
話を聞いてみると、彼女は、とある王国の貴族の娘らしかった。
何でも、近々、戦が起こる予定になっていて、
そのために、敵国に嫁ぐことになったというのだ。
ところが、道中で襲撃に遭い、護衛は全て殺されてしまったらしい。
そして、辛うじて生き残った彼女も、命からがら逃げ出したはいいが、
力尽き果て、この森まで逃げ込んできたというのだ。
何とか助けを求めようと、歩き続けた結果、
とうとう限界を迎え、倒れてしまったのだという。
なるほど、そういうことだったのか、と納得した反面、
これから先どうしたものかと考える。
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