第50話 コント☆さくらとレンジ
「──でりゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」
私は、突然聞こえてきたレンジの声をかき消すようにして、魔遣社のビル全体を揺らすほどの奇声をあげた。その結果、そこにいた全員が、私に注目してしまう羽目になってしまった。
「な、なんですの、いきなり!? 気でも触れましたの!? ちょっとおかしいですわよ、あなた!? マジで!」
振り向くと、そこにはやっぱりレンジが立っていた。レンジは両手で両耳を塞ぎ、鬱陶しそうに私を見ている。さっきまで全く気配がなかったのに、こいつ、どこから出てきたんだ。
ここでドンパチやるつもりがなかった私は、穏便に済まそうとした私は、目の前に現れた最強の敵をどう処理するかを考えた。そして──
「ちょ、ちょっと待って……!」
何を思ったか、私はレンジの手首を掴むと、そのままグイっと引っ張った。
『とにかく、このインベーダーをここから遠くへ……』
私の頭の中にあるのは、それだけだった。
でも、どこへ……?
きょろきょろと辺りを見回す私の視界に、〝W〟と〝C〟の文字が。
あそこしかない。
「ちょっと、来て!」
私はレンジの手首を掴んだまま、トイレへ駆け込もうとした。
「ちょ、なんなんですの!? 離しなさい! あたくし、ブチ切れますわよ!?」
「あ、キューブロ殿!? 何をするつもりにござる!?」
後ろから霧須手さんが声を投げかけてくる。
「ごめん、霧須手さん! ちょっとコレどうにかするから、誤魔化しといて」
「ご、誤魔化せって言ったって……この状況はヤバいでござるよ……!」
「そこをなんとか……! あとで何か好きなの買ってあげるから!」
これで釣れるとは思ってないけど、私は霧須手さんに雑な交換条件を提示した。
「わかったでござる。何とかしてみるでござる」
「いいんだ、それで……」
霧須手さんはそこにいる人たちに対して「はい、みんな注目! これを見てください!」と後ろで言い始めた。
いや、何を始めるつもりなんだ。と気にはなったが、今はレンジの事にだけ──
──ピカ!
背後から強い閃光が放たれ、一瞬だけ私たちのいる空間が光に包まれる。
いや、マジで何してるんだ。と思ったけど、結局私は振り返ることなく、レンジを連れ、なんとか女子トイレの中に駆け込んだ。
「〝ツレション〟……ってヤツでして?」
「いや、まあ、違くもない、のかな? てか、なんで私、こいつをトイレに連れてきちゃったんだろう……」
今更である。
「なるほど、これがこの世界の文化、ツレションというモノですのね! あたくし、受けて立ちますわよ! かかってらっしゃいな!」
「あんたはツレションをなんだと思ってるんだ。……て、そうじゃなくて……」
ここで──洗面台の前で話してるのもアレだと思った私は、いまさら外に出て行く勇気も失せてしまい、レンジを個室の中へと連れ込んだ。
「これはもしや〝ツレベン〟……ってヤツでして?」
「いや、なんだよツレベンって」
「あら、違いますのね」
「それよりも、レンジ、あんたなんで今更魔法少女なんかに!?」
「もちろん決まっていますわ! お給金が良いから、ですの!」
「……私をぶちのめしたいからじゃないの?」
「あ」
「え?」
「……もう一度質問していただけるかしら?」
「はあ? 何言って……」
「もう一度お願いします」
「はぁ、わかったよ。『それよりも、レンジ、あんたなんで今更魔法少女なんかに!?』」
「あなたをぶちのめすため、ですわ!」
「もういいわ! 本心透けて見えてるわ!」
「あたくしが、あなたをぶちのめす、という本心がですか?」
「給料いっぱいもらえるから、という下心だろうが!」
「くっ、よくぞ見破りましたわね……!」
「バレバレだっての。というか、この建物を見る限り、そうとう積まれたんでしょ、お金。今朝のトリュフを買えるくらい」
「……ザッツライト、ですわ。せいぜいあたくしに高級食材を奢られた、という屈辱を、老衰でおっ死ぬその時まで、覚えておくといいんですの!」
「なんで敵に天寿を全うさせるんだよ……」
「うおンォおおおおおおおおおっほっほっほっほ!!」
「──すみませーん! 隣、入ってるんで静かにしてもらえませんかー?」
隣の個室から声が聞こえてくる。
「すみません……」
私とレンジが示し合わせたように声を合わせ、謝罪した。
私たちは互いに顔を見合わせると、声を潜めて会話することにした。
「──とにかく、あたくしが訊きたいのは二つだけです。あなたはここへ何をしにやってきたんですの? それと、なんでここに連れ込んだんですの……!」
「女子トイレは……まあ、べつに、近くにそれっぽいスペースが無かったからで、そんな深い意味は……」
「では、なぜここへ? あ、もしかして、あたくしを殴りに……?」
「そ、それは……」
「よろしいですわ……! あたくし、受けて立ちますの……! 今度こそあなたをボコボコにして、あたくしのほうが上であると、人類の皆々様に知らしめて差しあげますわ! おほっおほっおほっおほっ!」
「なんつー下品な笑い方だ。……いや、殴るためでもなくて……」
「なんだ、違いましたの」
「うん、えーっと、お掃除するため、かな?」
……ああー!
レンジが眉をひそめながら私を見とるー!
というより、さすがにこの言い訳は苦しいか。ライバル会社というか、冷戦関係にある敵の本拠地までやって来て、〝お掃除〟って、むしろ別の意味にとられかねない。でも、特に何も浮かばないしなぁ。
「──あら、そうでしたの?」
けろり、とレンジが険しかった表情を崩して言ってくる。
「え? 信じてくれるの?」
「もちろん」
「……マジ?」
「マジ」
「りありぃ?」
「いえす、あいあむ」
「……なんで?」
「なんでって、最初はあたくしも、あなたたちがついに、手も足も出せなくなってしまったから、魔法少女としてではなく、身辺を偽って魔遣社に潜入し、あたくしたちにバレないよう、ここで破壊工作をして、物理的にも社会的にも、ここを倒産に追い込むつもりなのではないか、と思っていたのですが……」
「うぐっ!?」
「……なんてことはありませんわね。ただの清掃業者として、ここへやって来ていらしていたなんて……」
──ぽろぽろぽろ。
突然、レンジの目から透明の液体が零れ落ちる。
「……え? ちょ……何泣いてんの!?」
「な、泣いてなんておりません! あたくしがあなたの為に涙を流すはずがありませんわ!」
「さ、さいですか……」
「〝キューティブロッサム〟だけでは、食べていけなくなってしまったから、世界を守るという誇り高い職業についていながら、夜はアルバイトをして、自身の食い扶持を稼ぐだなんて、なんていじらしいのでしょう……などとは思っておりませんわ!」
「そこまで思ってくれてたんですね……」
「こほん。ともかく、敵同士ではありますが、いつでもあたくしの部屋に泊まりに来てもよろしいですわよ。布団……はあげませんけど、ささやかな朝食くらいなら……」
「いや、もう、住む所見つけたし……」
「あらそう? ならもう、お行きなさい。この会社の汚れが、埃が、あなたを待っていますわ」
「汚れが待っててもべつに嬉しくないなぁ……。ていうか、レンジはこれからどうすんの?」
「あたくしはこれから、あなたの仲間が襲ってこないか見張りに戻ります。もし社内で見つけたら、たとえあなたの仲間であろうと、そのまま返り討ちに致しますので」
「……ん?」
「……え?」
「いや、この状況は?」
「ですから、あなたはキューティブロッサムではなく、ただの清掃業者なのでしょう?」
「……本気だったんだ」
「ええ! あたくしはいつでも本気でしてよ! さあ、さっさと消えなさい。あたくしはこれからここでう〇こをしますので」
「……なんで?」
「……トイレに来ると、なぜかしたくなりますのよね、う〇こ。これが条件反射というものなのでしょうか」
「知らんがな」
「あなたはよろしいのですか、う〇こ」
「いや、べつに私は……それにしても、もうちょっと、なんというか、違う言い方なかったの……?」
「う〇こはう〇こでしょう? 他に何か言い方が?」
「いや……本人がそれでいいなら、もういいや。じゃあ、ごゆっくり」
私はそれだけ言い残すと、レンジを個室に残し、そのままトイレを出──ようとして、自身の手を見た。
「……何も出してないけど、いちおう手は洗っておこう」
私は洗面台へ歩いていくと──バサッ!!
何か、袋のような物をかぶらされて、視界を断たれてしまった。
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