第49話 ミッション☆スタート
「──しっかし、ほんと、なんでこんなとこに……」
作戦はすでに開始している。
私と霧須手さんはマスクをつけ、ゴム手袋をはめ、清掃用の黒色のつなぎを着用し、帽子をかぶってサングラスをかけた格好で、ここ、魔法少女派遣会社の本社(といっても、ここにしかないが)へとやってきていた。
〝なんでここに〟
と私が言ったのは、その立地について。
S.A.M.T.の本拠地が街の外れというか、比較的郊外にあるのに対し、魔遣社のビルはなんと街のど真ん中にあるのだ。しかも、この街のランドマークである
挙句の果てに、そのタワーよりも大きい。
よくこんなところに、30階はありそうな高層ビルを建設出来たな。と思う反面、これも魔遣社の作戦なのだろう、という考えが頭をよぎる。
魔法少女の拠点とはつまり、インベーダーたちにとって狙うべき的、本丸。いつそこが戦場になるかわからない、といった場所。
それをこんなに大々的にかつ、デカデカと街のど真ん中に建設するという事は、街や周辺住民に被害が及ぶことなど、全く考えてもいない、もしくは屁でもないという事。むしろ、盾として考えてるんじゃないの?
ムカムカムカ。
二つの意味で私の怒りのボルテージが上がっていく。
ひとつはさっき言った、住民の事を屁でもないと思っている事、そしてもうひとつが、何も知らないひろみを騙して、その行為に加担させているという事。
どうやら、このキューティブロッサムが、直々にキツイお灸を据えてやらなければいけないみたいだ。
「キューブロ殿……と呼んではダメでしたな。鈴木殿、そろそろビル内に侵入するでござる」
黒く、大きなカバンを持った清掃のおばちゃん、お姉さん……もとい、霧須手さんが私に話しかけてきた。ちなみに、霧須手さんが持っているカバンの中身は、清掃用のモップと、白鞘の太刀が入っている。モップはカムフラージュ用なんだとか。
「了解。でも、霧須手さんに名前を呼ばれるのって、なんか新鮮」
「デュフフ、そういう拙者も、じつはこそばゆいでござる」
「私は、そのまま霧須手さんは〝霧須手さん〟で良いんだよね?」
「然り。霧須手なんて名前は掃いて捨てるほどおりますゆえ、誰も私だとわからないと思うでござる」
「いや、たぶん全然いないと思うよ、〝霧須手〟なんて名前……」
「デュフフ、まあ、冗談にござる。ほんとのところは拙者、クリスティという芸名で活動していたゆえ、そうとう熱心なファンじゃないと、ピンと来ないかと」
「まあ、私も最初、〝霧須手〟て言われてもわからなかったしね……」
「それに今の拙者は白鞘之紅姫。向こうの方々もただの珍しい苗字の清掃の人、ぐらいにしか思わんでござろうな」
「そういうもんかなぁ……」
「そういうもんにござる。我々が思っているほど、人とは他人に興味を持てぬものでござるから」
「……それ、人気アイドルが言うと、言葉の重みが違うね」
「まあ、そのような方々を振り向かせるのが、拙者らの仕事にござるからな」
「うーん、深い! もう一杯!」
「……それ、拙者以外の若人には通用しないネタにござるぞ」
「マジで!? なんかショック……じゃあ、気を取り直して、作戦開始しますか」
「応」
私は小さく掛け声をあげると、霧須手さんもそれに小さく答えてくれた。
◇
「ほえ~、でけぇ~……」
魔遣社の本社ビルの一階ホール。
高級ホテルのように、エントランスの左右には、車が出入りするための緩やかなスロープがあり、そこを抜け、当然のように設置されている巨大な回転扉をくぐると、いよいよビル内へと入ることが出来る。
ビル内の一階は、とても広々とした造りになっており、たぶん5階くらいまで吹き抜けになっていて、なんか屋内なのに、滝が流れていた。
会社員時代、事務をやる前は色々な会社に営業に回った事はあるけれど、こんなに立派な建物は見たことが無い。まあ、そんな大口の取引があった会社ってワケでもなかったけど。
「……鈴木殿、何をボーっとしてるでござる」
「あ、ご、ごめん、ちょっと面食らってて……て、あんまり霧須手さんはビビってないね……おっきくない? すごくない? ちょっとうらやましい」
「拙者は特には。……たぶん、アイドル時代、色々なところに営業やらドサ周りやらで行ったでござるからな。たしかに豪華ではござるが、ビビるほどでは……」
そりゃそうか。
霧須手さんは現役時代、あの国民的アイドルグループに所属していたんだから、ここよりも豪華な建物はいっぱい知ってるんだよな。こんな、私みたいな田舎のヤンキー上がりのボンクラなんかが想像できるような、貧相な世界にはいなかったんだ。
そう考えるとなんか凹んできた。
帰りたくなった。やる気が薄れてきた。
まあ、帰る家もないんだけど。……あ、なんかまた凹んできた。
無限ループじゃない? これ?
「……鈴木殿、大丈夫でござるか?」
「なにが?」
「なんというか、サングラスをかけた日本人形みたいな顔になってるでござるが……」
「そう?」
私は空返事をすると、トボトボとした足取りで、そのまま魔遣社の受付を抜けようとした。
「あ、こ、困ります!」
不意に背後から、女性に話しかけられる。
なんだ?
と思って見てみると、ピンクのスカートスーツを着た出来る風の女性が、カツカツとハイヒールを鳴らしながら、慌ただしく近づいてきた。
「清掃員の方ですよね? 困ります、まずはIDカードをご提示いただかないと……」
IDカード?
ああ、そうか。S.A.M.T.を出る前にクロマさんに渡されたやつか。
私はポケットに手を突っ込むと、ガサゴソとまさぐった。
──あった。カードっぽい形状のもの。
私はそれを取り出すと、目の前にいる受付の女性に見せた。
「──はい、これですよね」
「ありがとうございます。……えーっと、〝魔法少女キューティブロッサム〟……? なんですか、これ?」
「……え? あ! ちょ!」
そう指摘され、気が付く。
私の手元を見ると、提示していたのはクロマさんから渡された偽造カードではなく、魔法少女の職員IDカードだった。
私はすぐにそのカードを引っ込めると、なんとかして誤魔化そうとした。
「アワアワアワ……!」
こんなところで正体がバレたら、全てが水の泡だ。アワだけに。けど、言葉が浮かんでこない。なんて誤魔化そう。
どうすれば、どうすれば……!
──ス
私があたふたしていると、私の横からカードが二枚伸びてきた。
「すみません。私たち、本日清掃業務に参らせて頂いた、霧須手と鈴木、でございます」
「……あ、はい。受領しました」
女性はそう言うと、丁寧に霧須手さんからカードを受け取った。
「お帰りになる際、カードはお返ししますので、どうぞ、そのまま正面のエレベーターからお願いいたします」
受付の女性は、霧須手さんからカードを受け取ると、微妙そうな顔で私を見てきた。
ドキドキ。
バレているのか、バレていないのか。
その表情からは窺い知ることは出来ないけれど、今のところは騒ぎ立ててくる様子はないみたいだ。
「……あのぅ」
女性が遠慮がちに私に声をかけてきた。まずい。さすがにバレたか?
「は、はい! な、なんでやんすか?」
「やんす?」
「……鈴木さん、変なキャラ付けはしないでください」
「す、すみません、霧須手さん。……それで、なにか? 用でも?」
「あ、あの……さっきのカードの件なんですが──」
まずい。バレてる。
これ絶対バレてるヤツやん。
どうする?
このまま周りに気付かれず、首の骨を折るか?
いやいやいや!
ダメダメダメ!
何言ってんの、私!
頭おかしいんじゃないの!?
「──キューティブロッサム、お好きなんですね?」
「……はい?」
「すこし変わってますね……」
女性は嫌いな食べ物を出された犬のような顔をする、そのまま受付に戻った。
『どういう意味じゃああああ!! どぅおらあああああ!! きええええい!!』
と、魔遣社のビルが倒壊しそうなくらい、大声で叫びたかったが、私は骨が軋みそうになるくらいの力で拳を握り、自重した。
そうだよ。まずはバレなかった事を喜ぼう。
「……ごめん、霧須手さん。助かったよ」
「デュフフ、闘争心ゆえの暴走はですかな?」
「え?」
「気持ちはわかりますが、我々の目的は魔法少女としてではなく、魔法少女とは
何を言われるか身構えちゃったけど、霧須手さんもいい感じに誤解してくれて助かった。
たぶん霧須手さんは私が、魔遣社を挑発するつもりでIDカードを提示したと思っているのだろう。が、ただ間違えただけ、なんて口が裂けても言えない。
──そう。
今回の私たちの目的はS.A.M.T.として魔遣社の挑発に乗り、正面から魔遣社をぶっ潰す事!
……ではなく、こうして変装し、潜入して、魔遣社内部をごちゃごちゃにかき混ぜ、混乱させ、いろんな意味で潰すという作戦なのだ。私たちだって、正面からぶつかっていくほど、お人好しでもおバカさんでもないのだ。
ぐふふ。
見てろよ、魔遣社め、それとそこの受付め。
私を……キューティブロッサムを小ばかにしたからには、それ相応の報いを受けて──
「──あら? あなた、キューティブロッサムじゃないかしら。こんなところに何をしにいらしたの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます