第42話 ちょびっと☆罪悪感


「な、何やってんだよ、姉ちゃん……そんな痛い格好して、今年何歳だと思ってんだよ。もう止めてくれ、恥ずかしいよ」


「う、うるっさいな! お姉ちゃんだってべつに、好きでこんな格好したいわけじゃないんだ……って、女装してるあんたには言われたくないわ!」


「お、俺が女装してるのは、姉ちゃんには関係ねえだろうが! 俺だって、別に好きでやってるわけじゃ……ねえよ!」


「はン、嘘だね! いまあんた、ノリノリだったよ!? 写真撮ってあげようか!? 流し目なんかしちゃってさ、普通に〝女の子である事〟を楽しんでたじゃん!」


「は、はあ!? う、うるせーし! た、楽しんでねーし! むしろ脱ぎたかったし! こんな服!」



 ひろみはそう言うと、止めていたフロントのボタンをぶちぶちと引きちぎった。このままではひろみの貧相な胸板が、白日の下、晒されてしまう事になってしまう。そう考えた私は、急いでそれを止めさせると、ひろみの頭を軽く叩いた。



「あ、あいたっ!? な、何すんだよ!」


「ちょっとあんた! なにこんなとこで半裸になろうとしてんの! 半裸になりたいなら、もっと鍛えてから脱ぎな!」


「誰も半裸になりたくてなろうとしてたねえし! しかも、姉ちゃんの好みを押し付けて来てんじゃねえ!」


「だ、誰が筋肉好きだ! 誰が!」


「つか、服脱ごうが俺が何しようが、勝手だろうが! オカンかよ!」


「お母さんが放任気味だから、こんな事になってんでしょうが!」


「姉ちゃんが口うるさいから、ほとんどオカンと変わんねえよ!」


「誰がオカンと呼ばれる年頃だ!」


「誰も言ってねえよ! そんな事!」


「……ていうかね、周りの迷惑も考えな? 誰もあんたの貧相な胸板なんて見たくないんだよ? 霧須手さんも見てるんだよ? ちょっとは自重しな?」



 私はひろみの胸元を押さえながら、霧須手さんを指さした。

 しかし、霧須手さんはなぜか眼鏡をかけており、口をだらしなく開けたまま、ひろみをじっと見ていた。



「……霧須手さん?」


「ジュルリ……あっ! その……! 拙者の事はお構いなく……どうぞ、微笑ましい姉弟喧嘩を続けてください……」



 今、霧須手さんの口癖である〝デュフフ〟が〝ジュルリ〟に変わってた気がするけど、ここは聞かなかったことにしておこう。



「つか、いい加減離せよ! 服が伸びるだろうが!」


「じゃあせめて何か着なって! このままじゃ胸板どころか、乳〇も出るよ!? ポロリって!」


「お、男なんて乳〇だしてなんぼだろうが! そんなのいちいち気にしねえよ!」


「男が乳〇出してなんぼっていうのは、語弊があるよね!? ていうか、マジ服着な! まだ肌寒いし、お姉ちゃんの服貸してあげるから!」


「ば……ッ!? や、やだよ! 誰が姉ちゃんの服なんか着るか! そんなフリフリしたやつ!」


「いや、お姉ちゃんのとひろみの服あんまり変わらないじゃん。……てか、いい加減素直になりなって、『僕は女装が大好きです』って言いな? お姉ちゃん、ひろみの事、バカにしないから。ちゃんと受け止めてあげるから」


「だから違うっての! これは趣味じゃなくて……、その、やらされてるだけ!」


「そんな事言って、化粧までしてるじゃん。自分でやったんでしょ、それ?」


「は、はあ!? ちがうし! これも無理やりされただけだし!」


「だれに?」


「と、友達だし!」


「はい、うそ! あんた友達いないじゃん!」


「い、いるし! 小学生の時点で100人いました! 今ではもうその10倍はいます!」


「ふぅん……でも、化粧上手いよね。ちゃんと可愛くなってると思うよ。てか、私よりも上手いんじゃない?」


「え? ま、マジで!? ……自分なりに色々調べて頑張ってみたんだけど、やっぱカワイイよな!? 上手く出来てるよな!? 俺的には、もっとこう、目元のほうを明るく──はッ!?」


「やっぱり。自分から率先してやってるんじゃん」


「だ、騙したのか……? この俺を?」


「ああ、嘘だよ! でも、マヌケは・・・・見つかったようだけどね!」



 まあ、ちゃんと可愛く出来てるのは本当だけど、悔しいから言わない。



「よくも騙したァァァァァ!! 騙してくれたなァァァァァ!!」


「いや、ほら、そういうのはもういいから、さっさと家に帰りな? お母さんとお父さん、心配してたよ? 手紙しか寄越さないって」


「そんな事言ったら、姉ちゃんのほうが心配されてたわ! 今までどこほっつき歩いてたんだよ! ずっと連絡寄越さないで、みんなすげえ心配してたんだぞ!? じいちゃんなんてボケちゃったし」


「おじいちゃんは元々ボケてたと思うんだけど。どこに居た、て訊かれると……留置場?」


「はあ!? ……また、姉ちゃん適当な事ばっか言ってる。そんなんだから、男出来ないんじゃないの?」



 イラ。

 私は掴んだままのひろみの服を、さらに強い力で握って、ひろみの首を絞めた。



「ぐええええ……! ごめ……ごめんって……姉ちゃ……苦し……!」


「ごめーん、聞こえなかったんだけどさあ! なんて言ったのかなあ!? うーん? もっかい言ってくんない?」


「キ、キューブロ殿、その辺にしておいたほうが……弟殿の顔が、すでにどどめ色にござる」



 霧須手さんに言われて、私は手の力を緩めた。

 ひろみは地面に膝をついて崩れ落ちると、大きく肩を動かして息をした。



「はぁ……っ! はぁ……っ! はぁ……っ! ……っく、し、死ぬかと思った……!」


「次なんか余計な事言ったら、白目剥いて、気絶するまで締めるからね」


「ず……ず……ずびばぜん……でじた……! もう生意気、言いません……!」



 ひろみは跪いたまま、さめざめと泣き始めた。



「こ、これが……鈴木家においての力関係……にござるか」


「──ね、ひろみ。もう一度訊くよ? 女装、自分からやってるんだよね?」


「はい……」


「好きでやってるんだよね?」


「………………ぐすっ」


「ひろみ? 答えなさい」


「大好きです……! 今度は、嘘じゃないです……!」


「やっぱりか。これは……困ったな……」


「いやいや、キューブロ殿、正直に話したら受け止めるって言ったんじゃ……」


「あ、いや、その事については受け止めるよ。けど……うーん……」



 ひろみのカミングアウトに、私は思わず頭を抱えてしまう。



「いや、べつに私の弟が女装好きだとか、化粧が私よりも上手だとか、そういうのはぶっちゃけ、どうでもいい(どうでもはよくない)んだけど……たぶん、弟がこうなっちゃった責任の原因の一端は、私にあるんだよね……」


「ど、どういう事でござる?」


「……えーっと、たしかあれは、まだ私が不りょ……学生をやっていた頃の話で」


「あ、拙者、キューブロ殿がヤンキーやってたのは、普通にクロマ殿から聞いてるでござるよ。だから隠さなくてもいいでござる」


「プライバシー! なんで、何でもかんでも話すんですか!? バカなの!?」


『ごめんきゃと。けど、魔法少女間での隠し事って、良くないと思うきゃと』


「かといって、なんでもかんでもさらけ出すこともいいとは言えませんがね!?」


『反省、きゃと』


「あとでぶっ飛ばすので、そのつもりでお願いします」


『ええ!? そんな殺生きゃと!』


「……話を戻すけど、その頃、近所にはツカサも住んでて、私の学区にも私にまだ、私に対してナメた態度をとるヤツらがいた頃の話なんだけど、私はひと回り年下の弟、つまり、ひろみを着せ替えして遊んでたんだよね……」

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