第37話 ラブリィ☆メタモルフォーゼ


 なるほど。これが魔法少女戦い方。

 蹴った。蹴られた。

 殴った。殴られた。

 投げた。投げられた。

 という、子どもの喧嘩とはひと味もふた味も違う。これが極限状態における、命のやり取りというやつか。


 ──アレ?

 命のやり取りって──



「ちょ、ちょっと待った」



 私は両手を万歳して、抵抗する気が無い事をアピールした。



「ム」



 私がそのポーズをとると、霧須手さんは刀を降ろした。分身のような残像はまだ消えていない。



「降参にござるか、キューブロ殿」


「いや、降参というよりも、ちょっと訊きたい事……て程でもないんだけど、ひとつ確認しておきたいことがあってさ」


「ござる?」


「でも、これ訊くのはアレかな……あー、いや、やっぱり訊こう」


「なんでござろう?」


「……あのさ、霧須手さん、さっき私の首の後ろを叩いた・・・時、あれ、峰打ちだった? それとも刃の部分だった?」


「ああ、先刻の一太刀にござったか。あれは──」


「──あ、ごめん。やっぱナシ。たしかに少し痛かったけど、血も出てないし、切傷もついてなかったから、普通に刀の峰で殴っただけだよね。ごめんごめ……」


「刃部分による、一刀にござる」


「……へ?」


「拙者、キューブロ殿の首を落とすつもりで剣を振り申した」


「う、嘘。じゃあ、霧須手さん私を殺そうとしたの?」


「殺す気は……まあ、首を落とすつもりだったので、はい、多少は」


「まじかよ」


「え、だ、ダメだった……です……?」


「いや、ダメも何も……え?」



 死にそうになったら止めてくれるんじゃないの!? 話が違うじゃん!



「く、クロマさん!? これ、殺し合いなんですか!?」


『いえ、殺し合いではありません』



 再び、この空間にクロマさんの声が響く。



「いや、でもなんか首を落とすとかなんとかって、いま霧須手さんが言ってましたけど……」


『おそらく比喩表現でしょう』


「なんの比喩だよ!? ……いやいや、なんでそんな適当なんですか! これ、訓練なんですよね? 私、ひょっとしたら今、首がコロコロ転がってたかもしれないってことですよね?」


『はい。訓練とも申しましたが、実戦形式とも申し上げました』


「た、たしかにそうですけど……」


「あ、あのぅ、何か手違いでもありましたか?」


「ごめん霧須手さん、いまダメな大人を問い詰めてる最中だから」


「でで、では、もう、訓練は終わりにしたほうが……?」


『いえ、続行してください霧須手さん。これは決定事項だと申し上げたはずです。それに鈴木さんも』


「いや、でも、これ、続けてたらそのうち死にますよ?」


『死にません』


「そりゃ、今は死ななかったですけど、このままだとお互いヒートアップして、殺し合いになりますって」


『そうなったら僕が終了を告げます』


「いや、だから、さっきそうなりかけて、止めませんでしたよねって──」


『どうやら鈴木さんは、先ほどの霧須手さんの一刀を受けて混乱しておられるようですが、貴女はその程度では死にません。だから僕は戦いを止めなかったのです』


「でも、〝死にません〟って……なんでそんな事、言い切れるんですか……」


「く、クロマ殿……! そそそ、そういえば、あれ、あの件、まだキューブロ殿には申していないのでは……?」


「何? 〝あの件〟って……?」


『ああ、そうでした。うっかりしてました。まだ大事な事を伝えていませんでしたね』


「あの……すみません、今からそっちへ殴りに行ってもいいですか?」


『鈴木さん……いえ、キューティブロッサム。貴女の能力についての事です』


「私の能力ですか……? でも、私の能力ってプロレ素手喧嘩ステゴロ……ですよね?」


『それは鈴木さん自身の能力です』


「私自身の?」


『はい。この場合、能力というよりも、技という呼び方のほうが適切ですね。あの後、ミスターキャンサーを討伐した後、貴女の経歴に再び目を通したのですが──』


「……あの、プライベートって言葉、知ってます?」


『凄まじいの一言でした。貴女は学生時代、現在も活躍している、総合格闘家やプロレスラー、プロボクサーの方々を相手取り、どれもノックアウトにて勝利を納めておられる』


「なんで私も知らない情報を知ってるんですか」


『したがって、それらの強敵を屠ってきた〝プロレ素手喧嘩〟は貴女が学生時代に、確立させた技術であり、さきのインベーダーとの戦いでは貴女の〝能力〟を以て用いられただけに過ぎません』


「もうちょっとわかりやすくお願いします」


『例えるなら、霧須手さんの〝能力〟が特殊な足運びで、〝武器〟が日本刀なら、鈴木さんの武器は〝プロレ素手喧嘩〟で、能力は〝肉体強化〟なのです』


「肉体強化……?」


『はい。読んで字の如く、戦闘時、貴女の肉体の強度が何倍……いや、何万倍にも跳ね上がるというものです。筋肉、骨格、内臓ともにこの世のモノとは思えないほどの強度を獲得していました』


「この世のモノ、ですか……」


『つまり、脳筋という事ですね』


「わざわざ傷つくような言葉をチョイスしないでもらえますか?」


『貴女がミス・ストレンジ・シィムレスと〝組み合えた〟という事実がその証拠です。昨日も申し上げた通り、ミス・ストレンジ・シィムレスの特筆すべき点はその握力。どのような物体でも、ひとたび握ってしまえば、たちまち手のひらサイズにまで縮小出来てしまうのです。……が、結果、貴女はミス・ストレンジ・シィムレスと組み合っても、すこし手が鬱血しただけで、ほぼ無傷でした。同様に、同時刻に行われたヘッドバットもそうです。貴女はあのミス・ストレンジ・シィムレスに対して、無謀にも頭突きをしたにも関わらず、ミス・ストレンジ・シィムレスにダメージを与えていました。これは、今までどの魔法少女も成しえなかった事なのです』


「デュフフフ、だから、わた……拙者は、思い切り、キューブロ殿の首を落とすつもりで刀を振り下ろしたわけですなぁ。でも、結局、すこしダメージを与えただけでござったが……」


「え? じゃ、じゃあ、私の能力はプロレ素手喧嘩じゃないってことですか?」


『はい。そういう事になります。キューティブロッサム、貴女の能力は、自身の肉体を極限まで硬化し、強化しする事です。つまり、脳筋ということになります』


「二度も言わないでください! ……え……じゃあ、つまり──」



 私は改めて自分の手のひらを見ると、そのまま霧須手さんへと視線を移した。

 僅かに漏れた戦闘の意思を感じ取ったのか、霧須手さんが再び刀を構える。

 私は右腕を伸ばして体のヨコに構えると、そのまま思い切り、風を起こすように腕を水平に振った。

 ──ビュゥ!

 突然、台風のような強風を巻き起こり、霧須手さんの分身がすべて、掻き消してしまった。



「せ、拙者の術が……!?」



 あまりの出来事に戸惑っている霧須手さんを他所に、私は自分でも驚くような速度で、霧須手さんに肉薄していった。



「な……!?」



 さすがは歴戦の魔法少女。

 霧須手さんは素早く精神を立て直すと、すぐさま手にした刀で応戦してきた。

 腕、ふともも、脇腹、首、顔、そして心臓。

 体の急所という急所を、目にもとまらぬ速さで、容赦なく攻撃してきたが、痛くも痒くもない。

 私はさらに霧須手さんとの距離を詰めると、そのまま胸倉を掴んで、上へ引っ張り上げた。



「こういう事……でいいんだよね」



 ポンポン。

 完全に首が極まっている状態の霧須手さんが、私の腕をタップしてくる。



「ぎ、ギブ……、ギブソンで……オナシャス……」


『……キューティブロッサム、訓練、終了してください』



 クロマさんの合図により、私は霧須手さんを優しく床に置いた。

 霧須手さんはしばらく口をぽかんと開けると、そのまま後ろに倒れ込み、大の字になって寝転んだ。



「クロマどのぉ、拙者如きでは、キューブロ殿には勝てませぬ……」


『……さすがです、キューティブロッサム。今まで数々のインベーダーを屠ってきた白鞘之紅姫をここまで簡単に制圧するとは……キューティブロッサム?』


「──あの、自分の能力ってどうやったら変えられるんですか?」


『変える? なぜですか? おそらく、S.A.M.T.でも一、二を争う程の強い能力ですよ』


「こんなん、クロマさんの言う通り、ただの脳筋じゃないですか!」


『脳筋のどこがダメなのでしょう?』


「い、いや、わかる。わかりますゾ、キューブロ殿。せめて魔法少女になったのなら、もっと可愛く敵をなぎ倒したいのでしょう? わかりみが深い」


「そう! その通り! そういう事だよ、霧須手さん! ……聞こえてますか? クロマさん! 私、出来るならこの能力捨てたいんですけど! 口から花とか出したいんですけど!」


『無理です』


「そ、そんなぁ……! じゃあ、私、これからも拳ひとつで切り拓いていかなくちゃならないんですか!?」


『はい。……ああ、しかし、霧須手のお陰で、鈴木さんが言わんとしている事も理解できました。つまりは〝魔法少女ぽく在りたい〟ということでしょう?』


「そうです……」


『では、名前を変えたら如何でしょう?』


「な、名前を変える……? なんかすっごい嫌な予感がするんですけど……」


『〝肉体強化〟なんて荒々しい名称ではなく〝ラブリィ・メタモルフォーゼ〟』


「ら、らぶらぶ……?」


『〝プロレ素手喧嘩〟ではなく、それぞれに対応した技名をつけるのです。たとえばキューティブロッサムはよくチョップを使われているので、〝モンゴリアン・ブロッサム〟など、どうでしょうか?』


「却下で」


『受理してくれませんか』


「絶対イヤ、です」


『……申し訳ありません。断られると思っていなかったので、もう正式な名称として各報道会社に書類を送ってしまいました。これからはラブリィ・メタモルフォーゼでお願いします』


「何やってんの!? 仕事、早すぎるでしょ!」


『恐縮です』


「褒めてねえよ!」

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