第36話 バトる☆魔法少女vs魔法少女


『では、はじめてください。この訓練はどちらかが〝参った〟〝降参〟と言うか、こちらのほうで、これ以上続行が不可能、もしくは危険だと感じられれば止めさせていただきますので、それまでは思う存分訓練なさってください』



〝思う存分訓練なさってください〟てのも、なんかおかしな気がするけど、とりあえず、相手を死に至らしめるようなこと以外は、基本的に何でもありという事だと私は受け取った。

 しかし、まさか模擬戦とはいえ、年下の子と、こう……戦闘をする事になるとは思ってなかった。それもちょっと、インドアみのある子と。

 ただ、年下と言っても、魔法少女としては霧須手さんのほうが、私よりもずっと先輩になるから、ここは舐めた事はしないで、胸を借りるつもりでやったほうがいいのかもしれない。


 それに、霧須手さんが持っているあの得物。紅紫とかいうポン刀。

 魔法少女の勘というか、昔ヤンチャやってた頃の勘というか、あの刀からは何かこう……危険なニオイがプンプンする。

 すごく抽象的で、曖昧で、具体的にはっきりとは言い表せないんだけど、あの刀は──ヤバい! ……まあ、そもそも、研いである刀自体がヤバいのは当たり前なんだけど。


 ──カランカランカラン……。

 霧須手さんが手に持っていた白鞘を無造作に放り捨てると、両手で刀の柄を持ち、切っ先を私に向けてきた。


白鞘・・之紅姫って呼ばれてる割に、白鞘の扱いは雑なんだね……』


 ──なんてツッコめる雰囲気じゃない。

 うん。明らかに、さっきまでの霧須手さんとは雰囲気がまるで違う。

 ビリビリと殺気を帯びた視線が、刀そのものが纏っている威圧感が、正面の私にひしひしと伝わってくる。

 それに、霧須手さんの構え。

 膝は軽く曲げられており、それでいて、足の裏から床に根が張られているような、まるで、大木の枝の先から刀が生えているような感じ。

 隙が無い。

 これが歴戦の魔法少女。



「フゥ……ッ」



 私は息を短く吐くと、腰を落とし、右足を軽く引き、両手を開いて前に突き出すと、腕を軽く曲げて前傾姿勢をとった。

 私が学生時代によく使っていた、プロレスでもよく見られる構えだ。

 ここから掴み技にも派生しやすいし、相手の攻撃の受け流しにも使える。私が使っていて、一番しっくりきた構えだ。

 もっとも、学生時代に相手の攻撃を受け流したことは一度もないんだけど……。



「参る」



 ユラリ。

 霧須手さんの体が左右に揺れ、一瞬にして気配が、存在が、になる。

 さっきまで目の前にいた筈なのに、というか、今もいる筈なのに、目が、頭が、うまく霧須手さんを認知出来ない。

 例えるならまるで、霧と対峙しているよう。どこに攻撃していいか、どこから攻撃が来るかもわからない。

 しかし、その有り余る殺気だけは相変わらず、私の体の正面から感じられる。


 どうする?

 防御するの?

 でも、どこを?

 どんなふうに?

 そもそも、刀をなんの防具も無しに、体一つで防御することなんて出来るものなの?


 学生時代、フルスイングされた金属バットを、前腕で受け止めた事はあるけれど、あれは鈍器で、これは鋭器。同じように前腕で防御しようものなら、最悪の場合、腕どころかそのまま首も落とされてしまう。

 なら、ここは格好良く白刃取りで……と、言いたいところだけど、そもそも刃の出所がわからない。上から振り下ろされるのか、横一閃に薙ぎ払ってくるのか、あるいは下から伸びてくるのか。そもそも、どの速度で刀が振られるのか。

 それがわからない以上、点で刀を捉える、見様見真似の白刃取りは現実的ではない。

 ならここは、一旦距離をとったほうがいい。

 私はその結論に至ると、正面にいる霧須手さんに背を向け、その場から逃げ出そうとした。が──



「な、なんで……!?」



 私の背後には、霧須手さんがすでに回り込んでいた。依然、私は正面(現在は背後)から殺気を受け続けて・・・・・いるのに、いつの間に──



「──後ろにござる」



 背後から霧須手さんの声が聞こえてきた。

 私はすぐに振り返ったが、そこには誰もいない。



「──衝撃に備えよ」


「へ?」



 ──ガツン!

 首の後ろに物凄い衝撃を加えられる。



「痛ッ!?」



 霧須手さんの遠慮のない攻撃に、思わず顔が歪む。

 バット?

 木刀?

 いや、これは霧須手さんが持っていたのは金属。刀。

 未だに首と胴体が繋がっているの見るに、たぶん峰の部分だ。たしかに痛いけど、まだ、戦闘の続行が不可能になるようなダメージは負っていない。


 私はそのまま前へ倒れ込むと、地べたに手を突き、逆立ちするよう感じで、背後にいるであろう霧須手さんに蹴りを放った。


 ──チ!

 掠った。かかとに、微かな手応え。

 直撃を当てるのは無理だったけど、私の攻撃は当たるんだ。


 私は逆立の体勢から、背中から倒れ込むと、足が地べたに接地する瞬間、その反動を利用して地べたを思い切り蹴った。

 狙いは当然、さっき感じた、わずかな手応えのある場所。

 私は上半身に捻りを加えると、その場所に向かって水平にチョップで薙ぎ払った。



「──わわっ!?」



 感触はない。

 けど、あの声は明らかに動揺していた。

 つまり、あと少し。

 それに、今のチョップで、霧須手さんが後ろへ下がる足音は聞こえた。依然、目では霧須手さんを捉えることが出来ないけど、それはただ見えていないだけ・・・・・・・・

 私はしっかりと両足で立つと、両眼を閉じ、耳に全神経を集中させた。



「な、なるほど……拙者の位置を音で視るつもりでござるな。暗闇の中、目ではなく耳で得物を狩る……キューブロ殿はまさに梟。そして拙者は、さしずめ、狩られるのを待つだけのネズミ……」


「でも、まだ手はあるんでしょ?」


「然り!」



 霧須手さんがそう言うと──

 ザ……ザザ……ザザザ……ザザザザザザザザ……!!

 一方向からしか聞こえてこなかった足音が、増えて、広がり、雑踏へと変わった。

 雑踏は私の周りを取り囲むと、ピタッと足を止めた。



「……なるほど。二段構えってわけね」



 私は観念して目を開けた。



「刀はあくまでも刀で、本命は……白鞘之紅姫あなたの能力は、この増えたり消えたりする体裁きなんでしょ?」


「左様。刀とは即ち一撃必殺の武器にござる。名のある刀工が信念を以て打ち、完成した刃を、魔法少女たる使い手の拙者が義を以て振るえば、インベーダーの心の臓にも届く武器となる。ゆえに、〝どう斬るか〟ではなく〝どう追いつめるか〟が重要になってくるのでござる。追いつめてしまえば、後はただ斬り捨てるのみ……刀を振り下ろすのみ。そう、斬ってしまえさえすれば、対象はただの肉塊となり果てるのでござる。そしてこれこそが、拙者の得意とする型のひとつ〝多重濃霧たじゅうのうむ撃攘ノ型げきじょうのかた〟にござる」


「……えっと、その、ごめん。ちょっと早口だったから、後半あんまり理解できてないかも」


「あ……ご、ごめんなさい……ま、まだ、本番はこれから、なな、なので、か、覚悟、しててください……ね……」

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