サクラの昔話
第21話 ちょびっと☆昔話
「──ええっ!? アネさん不良止めたんスか!?」
ツカサが目を丸くしながら、大声を上げながら、手に持っていた未開封の缶を握りつぶした。噴水のように撒布された100%オレンジ果汁が、ツカサの部屋のカーペットを汚していく。
「ちょ、ちょっとちょっと、何やってんの! 果汁! 染みてってるから!」
「ああ! す、すんません! 雑巾持ってくるっス!」
ツカサは慌てて立ち上がると、バタバタと足音を立てながら部屋を出ていった。
出所(?)したばかりで、ハンカチやティッシュといった、気の利いたものなど持っている筈もなく──私はただジュースが染みていくカーペットを見ながら、ツカサの家に来る途中購入した、ワンカップに口をつけた。
「ふう」
と一息。
戦闘で疲弊した体に清酒が染みる。……まあカーペットは最悪の場合、家でも洗濯可能な大きさだから、大丈夫でしょう。
それにしても、この話をツカサに話したらどうなるか、色々とツカサの反応は予測していたけど、まさかここまで驚くとは思ってなかった。
でもま、ツカサにとってそれくらい、私が不良を止めるという事が驚きだったということだろう。事実、あの時の私は、今の私が見たら思わず目を逸らして、極力関わり合いになりたくないくらい、ガラが悪かった……というか、ギラギラしてたと思う。女の子って光ってるもの好きだから、そういうのに引き寄せられるのもわからなくはないけど……だからって、
──バタバタバタ。
雑巾を取りに行っていたツカサが戻ってきた。手には白い雑巾を、そして頭には大きなたんこぶが出来ていた。
「アネさん! 雑巾とってきました!」
「ああ、うん。頭大丈夫?」
「ええっ!? なんなんスかいきなり! ひどいっスよー!」
「あ、ごめんごめん、そういう意味じゃなくてほら、なんかたんこぶ出来てない?」
「びっくりした……そういう意味だったんスね。えっと、これっスよね? えへへ、母ちゃんに静かにしろって殴られました」
「そりゃあんだけ騒いでたら怒られるよね……。でも、ツカサのお母さん元気そうでよかったよ」
「はい。ウチの母ちゃんも久しぶりにアネさんに会えてうれしいって言ってました」
ツカサはそれだけ言うと、跪いて雑巾で丁寧にジュースを吸い取っていった。
「話変わるけどさ、ツカサの部屋って……普通に女の子の部屋だよね」
なんというか、もっとチェーンやら鎖やら、環状の金属が連続して繋がっている物体やらでジャラジャラと飾り付けているイメージがあったけど、実際は可愛らしい花が飾ってあったり、カーテンやベッドの色がピンクだったりと、ツカサの見た目からは想像できないくらい、年相応な、まさに女の子な部屋だった。
「え、どういう意味っスか?」
「いや、なんていうか。……可愛い部屋だなって」
「ああ、家引っ越したばっかだから、あんまり物置いてないんスよね」
「へえ、また引っ越したんだ?」
「はいっス。いままでは母ちゃんの実家のほうで世話ンなってたんスけど、ウチが魔法少女になって生活も安定してきたから、こっちに引っ越して来たんスよ。たまにじいちゃんばあちゃんも遊びに来るっスよ」
「そうなんだ。仲いいんだね」
「家族っスからね……。ところで、ほんと驚いちゃったっスよ」
「何が?」
「アネさんが不良止めた事っス」
「それ、真面目に言ってる? さすがにこの歳で不良はないでしょ」
「不良やってなくても、アネさんくらいのお人ならギャングのボスや、極道の組長とかやってるって思ってました」
「いや、この国にギャングなんてないし、ヤクザなんてとてもとても……。たしかに不良やってて楽しい事もあったけど、それ以上に危険な事もあったし、あんまり両親に迷惑かけ続けるのもよくなかったしで……泣く泣くって感じかな……」
「はぁー……後ろ髪を引かれる思いで、とかいうやつっスね」
「そうだね」
──嘘です。
こんな
◇
花も恥じらう高生三年生の私は、片田舎にある寂れた学校校舎の屋上で、ひたすらに暇を持て余していた。というのも、いつもつるんでいたお友達は勉学に勤しんだり、就職活動に励んだり、恋にうつつを抜かしたりと、私ひとりだけが特にやる事もなく日々を消費していたからだ。
喧嘩をするにしても、私の生活圏内にいる不良は男女問わず誰も私には逆らわず、誰も私と目すら合わそうとしない。たまに活きの良い新入生やら転校生やらが私を訪ねて来てくれるのだが、十中八九、私の所に辿り着くよりも前に、私の舎弟の誰かにのされてしまう。
喧嘩喧嘩また喧嘩。
中学から高校まで、殴って殴られての繰り返しで、その先にあったのは虚無だった。
一昔前の日本ならまだしも、時はすでに
戦国時代よろしく、天下統一やら誰が強くて誰が弱いかやら、そもそも流行っていないのだ。
女子高生なら女子高生らしく、流行りのポップスを聞いたり、可愛らしくお化粧したり、パフェ食ったりクレープ食ったりパフェ食ったり、カラオケ行ったり、もっかいパフェでも食ってたらよかったのだ。
さすがにこのままじゃ色々とヤバいんじゃないか、と思い、ためしに舎弟たちと甘いものを食いに行ったものの──
『うっわ、あンま!? こんなんどこが美味いンすかね(笑)』
『甘ったるくてとても俺(あたし)らには食えたモンじゃないっす(笑)』
『好んで食ってる連中の気が知れねッす(笑)』
等々、半笑いでつれない反応を見せられてしまい、今度は頑張って慣れない化粧をしようにも──
『アネさん、どっかにカチコミ行ったんすか!?』
『その顔、誰にやられたんスか!?』
『お礼参りに行きやしょう!』
と色々と心配される始末。私には、もはや
そんなある日、私は登校中に仲の良かった同級生の
いや、べつにキレたからといって暴力に訴えたとか、さすがにそんな事はしないけど、なぜか私は半分自暴自棄に陥り、隣町のさらに隣の隣の隣の……隣まで半狂乱になりながら自転車を走らせた。
ここではないどこかへ。
その気持ちのみで、ひたすらにペダルを漕いで漕いで漕ぎまくった。しょぼい原付なんかよりは全然スピードは出ていたと思う。
そして辿り着いたのは、輝くネオンに電光掲示板、けたたましく鳴り響く街頭ビジョン広告に、鬱陶しい客引きが跋扈する夜の繁華街だった。ウシガエルの声と、盛りついた野良猫の声が鳴り響く田舎とは、まさに天と地の差。
私は心を落ち着かせるために、とりあえず手近にあった地元にもあるコンビニで、いつもの食ってる肉まんを購入した。
『うめぇ……!』
私はその時、そうこぼした記憶がある。
都会の真ん中で食べるモフモフホカホカの肉まんは、なぜかいつも田舎で食べていた肉まんよりも美味しく感じたのだ。材料も製造元も一緒なはずなのに。
これが都会
そんな単純馬鹿な私が、繁華街の大通りを歩きながら、コンビニの肉まんに舌鼓を打っていると、突然男性から声をかけられた。
『──ねえキミキミ、ひとり? 可愛いね、どこから来たの?』
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