第20話 大変身☆ツカサちゃん


 芝桑シバクワ ツカサ

 私の実家の近くに住んでいた男の子・・・。……だったはずなのだ。頭だって綺麗な丸刈りだったし、鼻水もよく垂らしていて、私が拭ってあげた記憶がある。

 当時ツカサは、私がどこへ行こうにも『あねさんあねさん』と呼びながら、後ろをついて来ていて、(ちなみにこの〝あねさん〟呼びは私の周りにいた舎弟たちの影響だと思われる)すごく私に懐いてくれていた記憶がある。……というのも、私とツカサの親は家が物理的に近い事もあり、かなり仲が良かった。だから当時、家を空けがちだったツカサの親に代わり、よく私が面倒を見ていたのだ。

 けどそんなある日、ツカサの両親が離婚し、親権が母親に移ったのを境にツカサは、ツカサの母親の地元へ引っ越したと記憶している。

 まさかその引っ越し先が豊永市だった、なんて思ってもみなかったけど。


 それにしても、不良なのは……まあ、置いといて、なんであんな売れ残りのじゃがいもみたいな男の子が、こんな美人に進化するんだ。



「そう、あのツカサっス。思い出してくれたっスか?」



 ツカサはニカっと笑うと、髪から手を放して元の姿勢に戻った。



「うん、思い出したっていうか……ツカサくん・・だよね? あの、男の子だった……」


「ん。……まあ、そう言われても仕方ないナリしてたっスからね。実際、あの時は男どもに舐められたくない一心で坊主にしてましたし。それに坊主だと喧嘩の時、髪の毛を掴まれないっスからね」


「うーん、すごく実用的」


「でも、そのお陰で……、ほら」



 ツカサはそう言って、くるくるの毛先を楽しそうに弄って見せてきた。



「えへへ……、クセっ毛がひどいんスよね。長くすると目立たなくなるって聞いたんスけど、それだとなんかチャラチャラ色気づいてる感じがして、それにあと、ウチには似合わないんじゃないかなって……」


「勿体ない。ツカサくんならどんな髪型でも似合うと思うけど……て、いつまでも〝くん〟付けだとあれだよね。もう子供でも男の子でもないんだし」


「いや、最初から男ではなかったんスけど……でも、ウチは全然気にしないっスから、アネさんの好きに呼んでもらってくれていいっス! ……けど、やっぱり〝くん〟はちょっと……へへへ……」


「だよね。……うーん、じゃあツカサ〝ちゃん〟で!」


「うす! ……て、アネさん、ちゃん付けはないっスよぉ……」



 ツカサは情けな声で言うと、あからさまに肩を落とした。いちいちリアクションが大きくて面白いな、この子。



「じゃあツカサで」


「押忍!!」


「いやいや、〝押忍〟もどうかと思うよ。それでツカサは、どうしてS.A.M.T.に……?」


「──そうですよ、芝桑さん。貴女は先の戦いで負傷し、療養中のはずです。たとえ普通に動けていても、お休みしておいてくださいと申し上げたはずですが」


「ああ? 戦ってねンだから別にいいだろ。アネさんがここに来てるかもしれねッてのに、ガッコでジッとしてられっかよ! 舎弟として挨拶に来るのが当然だろうが! 違うか!?」



 ツカサが一喝すると、玄間さんは再びシュンとなって俯いてしまった。とりあえず、この場においての力関係は見えたけど、なんか今の会話で重要な事をふたつくらい言ってたよね。でもこの際〝舎弟〟は聞かなかった事にしておこう。



「──あの、聞き間違いかもしれないんですけど、玄間さん、ツカサは〝療養中〟って言いませんでした? もしかして、ツカサも魔法少女なんですか?」



 私がそう尋ねると、玄間さんはツカサの顔をちらりと見た。ツカサはそれに対して小さく舌打ちをすると、バツが悪そうに頭を掻いた。



「あー……まあ、今はそういう事になる……んスかね……。世ン中がこんなヒデェ事になってますし、動けるヤツが動いとかないとバチが当たるっしょ? だからしょうがなしに魔法少女やってるんス。……まあ、ウチらが見世モンみたいに扱われてるのは、未だに釈然としてないんスけどね」


「あ、あのツカサが真っ直ぐ育ってる……」



 気を抜いたらすぐに鼻とかほじってたのに。



「ちょ、アネさん、あんま茶化さないでくださいっス!」


「──ところで、お二方はお知り合いのようですが……」



 恐怖から立ち直ったのか、玄間さんがに質問を投げかけてくる。

 たしかに、普通のOLと美人JKがこんな会話してたら気になるよね。でも他人に、包み隠さず全部話すのもアレだし……ここは軽い紹介だけでいいか。



「えっと、昔ツカサの家の近くに住んでた、近所のお姉さん的な感じの──」


「ウチがガキの頃に世話ンなったアネさんだ。不良の何たるかはこの人から教わった。二度とアネさんに対して偉そうにすンなよ」


「ツカサさん!?」


「いやー、それにしてもほんと懐かしいっス! あの頃からずぅーっと最強のアネさんに憧れてて……いまウチが不良やって番張ってるのも、全部アネさんの影響なんスよ!」


「そ、それはどうも……」



 玄間さんの視線が痛い。いや、実際に表情は変えてないんだけど、『あなた、そういう人だったんですか!?』という心の声は伝わってくる。



「ほんと、最初ニュースにアネさんが出てきた時は、マジで心臓止まるかと思ったんスから! でもこうやって、久しぶりに会えて……ウチ……ウチ……うぅぅぅ……くぅぅぅぅ……」



 よくわからないけど、感極まってしまったのか、ツカサは突然、大粒の涙をポロポロと流しながら口を押さえて、むせび泣いてしまった。



「あー……えっと……、よ、よしよ~し……」



 私はどうしていいかわからず、ツカサが子供の時にやったように、頭をそっと撫でた。

 ──しまった。

 昔はこうすると泣き止んでくれたけど、今のツカサはもう女子高生で、不良で、女番長。こんな事をしても『ウチはガキじゃねンだよ!』って言って怒ってしまうだけだ。

 私はそう思って、ツカサの頭から手を放そうとするが──



「あっ……」


「え? 何?」


「す、すんませんアネさん! お見苦しい所を……! もう泣き止むんで……あの、もうすこしこのまま……なんて……」



 怒られるかと思ったけど、どうやら喜んでもらえているようだ。私はツカサのリクエスト通り、ツカサが満足するまで頭を撫で続けた。



「えへへ……」



 ツカサが頬を綻ばせて喜んでいる姿に安心する。こうやって見ると、やっぱりツカサはツカサのままだ。見た目こそあの頃とは劇的に違うけど。



「なるほど。芝桑さんと鈴木さんはそういった繋がりがあったんですね。人は見かけによらないというか……まさか鈴木さんがそのような方だったとは……」


「そのような方って……、なんかトゲがありません?」


「てんめェ~……ダ眼鏡、ゴルァ! アネさんになんてクチ聞いてンだ! そのレンズ全部叩き割って、ただのガラスはめ込むぞ!」


「それはそれですごく手間がかかりそうだね……」


「あ、そうだ! アネさん、今日からここに所属するんスよね?」


「まあ、うん。そういう事になる……のかな?」


「だったら歓迎会開くっスよ!」


「……え?」


「ここ所属の魔法少女ヤツ全員集めて盛大にやるんスよ! そうしましょう!」



 眩しい。眩しすぎる。

 ツカサちゃんあなた、なんて屈託のない笑顔で私を見るのよ。

 あの頃の私ならいざ知らず、今はただでさえ歓迎会やら忘年会やら新年会やら大人数で集まる会が苦手なのに、自分よりもひと回り年齢が下の子しかいない会なんて地獄でしかない。ここは何としてでも阻止しなければ。



「で、でもそれは難しいんじゃないかな……」


「え、どうしてっスか?」


「あー……ほら、玄間さんが他の魔法少女は療養中だって言ってたでしょ? 体を休めてるのに、邪魔しちゃ悪いよ」


「そんな事ないと思うっスけど……」


「いや、あるでしょ。……ですよね、玄間さん」


「え、ええと……」



 突然私に振られて、玄間さんが困ったような表情で俯いた。やがて玄間さんは意を決すように顔を上げると、毅然とツカサに向かって言った。



「……芝桑さん、さきほども申し上げましたが、現在鈴木さん以外の魔法少女には療養命令・・が出ているのです。ご自身だけならまだしも、他の方まで巻き込まれるのはさすがに規約違は──」


「巻き込まれるのは……ンだって?」


「……なんでもないです」



 玄間さんはそれだけ言うと、再び俯いてしまった。

 さすが現役の不良だ。凄味が違う。

 それはそうとして、玄間さんの情けなさには呆れてしまう。もう頼りにならないわ、あの人。



「あー……そ、そうだ。久しぶりこうして会えたんだから、私とツカサふたりでいいんじゃない? 色々と積もる話もあるだろうし、他の人がいたら色々と気を遣っちゃうかもしれないしさ」


「そう……っスかね? でもあいつら皆いいヤツっスよ?」


「いい人かどうかはこの際置いとこうよ。それに、私も私で色々とツカサに訊きたい事もあるし……、ね?」


「うーん、まあアネさんがそう言うなら……」



 ツカサは渋々ではあるが、私の提案を承諾してくれた。

 こうして私は玄間さんとの反省会を適当なところで切り上げると、その足でツカサの家へ向かった。

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