第14話 ドキリンチョ☆意外な返答


 ──ガシィッ!

 私の手とレンジの手が重なり合い、掴み合いになる。お互いの手の甲に、お互いの手の指がガッチリと食い込んだ。

 あまりの負荷に手首……というより、前腕部の筋肉に乳酸が溜まっていくのがわかる。



「……意外だな」


「何がですの?」


「美意識高そうな割に、その爪、綺麗に切り揃えられてんじゃねえか」


「勿論です。あたくしにとっての美しさの基準は、強さ。徹底的に追及された機能美こそが美しいのです」


「じゃあそのゴテゴテしたドレスはなんだよ。スカートの中にマシンガンとか仕込んでるのか?」


「これは趣味ですわ」


「えー……」


「ですが……ウフフ、まさか正面から受けていただけるなんて。もうあたくしがどのようにして戦うのか、ご存じなのでしょう?」



 超至近距離でのレンジからの質問。熟れた果実のように甘ったるい吐息が、私の鼻腔をくすぐる。そして、よく見れば目つきこそ爬虫類のように鋭いものの、それ以外の鼻、口、輪郭は整っていて、まだあどけなさを残すアイドルみたいだった。

 というか、インベーダーだからよくわからないけど、レンジって私より年下だよね、どことなく顔つきが幼いし。



「あたくしの武器はこの〝手〟そして〝握力〟掴んだものは決して離しませんの。もちろん、あなたのこの華奢な手もミートボウルのように──」


「知ってるよ。だからこそ、真正面からおまえを凹ませてやる事に意味があるんだ。まずはその無駄に大きい自尊心をへし折ってやるから、覚悟してろ」


「フ……フフ……オォーーーーーーーーッホッホッホ!! なーんて不遜な魔法少──」


「──あ、すみません。至近距離で高らかに笑わないでくれますか。ツバとか飛んでくるので」


「あら、それはごめんなさいませ。……ともかく、さっきの〝まいくぱほーまんす〟やこのあたくしと正面から、正々堂々と戦おうとする精神。初対面ですがあたくし、あなたの事を気に入りましてよ、キューティブロッサム」


「それ、誉め言葉って受け取っていいのか?」


「ええ! あたくしがこんなに他人を誉める事などありませんのよ! 小躍りしながら、鼻歌を歌いながら喜びなさい! それぐらいは許可してもよろしくってよ!」


「はッ! だったらおまえをブッ倒して、おまえの体の周りで鼻歌混じりに踊ってやるよ!」


「ウフフ、あたくしも、あなたをここでブチ転がしたら、その首根っこ引っこ抜いて、あたくしの部屋に飾り、永遠に愛でて差し上げますわ!」


「いや、サイコじゃん!」



 ──て、まずいまずい。このまま無駄口を叩きながら掴み合っていても埒が明かない。レンジもまだ本気は出していないだろうし、このままいけば確実に長引いてしまう。力の使い方もまだ慣れてないし……、ここは一気にキメにいったほうがよさそうだ。


 私はレンジと掴み合ったまま、頭を後ろへ逸らすと──思い切り頭を突き出した。


 ゴチィィィィィン!!

 骨と骨。頭蓋と頭蓋が激しくぶつかり、鈍い音が鳴る。視界が一瞬暗転し、チカチカと火花が見える。私が一方的に頭突くだけでは、決してこうはならない。私が一方的に頭突くだけでは、決してここまでのダメージは受けない。

 つまりこれは……どうやらレンジも、同じタイミングでヘッドバットを繰り出してきたようだ。奇しくも私とインベーダー、考える事が一緒になってしまった。



「く……! な、なんて野蛮な……やってくれましたわね……! ですが、最高ですわよ、キューティブロッサム!」


「へ……へへ、どうだ。まだまだいけるぜ……!」



 ……なんて強がってみたものの、今の一撃で私の膝はガクガクと震えており、今にも崩れ落ちてしまいそうになっている。けど、それは見たところレンジも同じ。ドレスを着ているため、脚がどうなっているかはわからないが、レンジはグルグルと目を回していた。


 ──好機。

 ここで一気に畳みかけて終わらせてやる。

 私は歯を食いしばって無理やり痛みを消すと、さきほどよりも大きく頭を振りかぶって、もう一度ヘッドバットを繰りだした。



「くたばれ!」

「トドメです!」



 ゴチィィィィィイン!!



「くぅ……っ!?」

「むむむぅ……!」



 目がチカチカして、視界が暗転する。

 また・・だ。

 あのインベーダー、また・・私と同じ事をやってきた。

 でも今回はさっきみたいに体の芯まで響くような衝撃はない。

 おそらくレンジも私も、互いに足の踏ん張りが効いていなかったため、さっきよりヘッドバットの威力が控えめになってしまったのだろう。

 そのため互いの額は離れず、くっついたままの状態になっていた。


 こうなったらもう後には引けない。ここで引けば逃げたことになる。

 ──このまま力で圧し潰す。


 ギリギリィ……!

 首と腕、背中、腰、太ももにふくらはぎと、全身の筋肉が悲鳴を上げる。私もそうだが、レンジも引く気はないようだ。


 ──ボコォ……ッ!!


 まず、私とレンジの押し合う力に耐え切れなくなったのは、地面・・だった。まるで地盤が沈下するようにして、私とレンジの周りの地面が落ち込んでいく。それでも私とレンジは互いの手を、互いの額を離さない。


 その瞬間、タラー……と、額から生ぬるい液体が、鼻筋から顎へ伝うのを感じた。一瞬汗かとも思ったが、これは──血だ。額の皮膚が破れ、そこから血が滲み流れ出ているのだ。

 目の前にいるレンジも、同じように鉄くさい紫色の液体を流している。



「ウフフ……」



 もはやお互いの鼻やまつ毛が触れ合いそうなほどの至近距離で、レンジは不敵に笑った。

 まだまだ余裕綽々というアピールだろうか。まったく、こっちはもう全身が痛いっていうのに──



「──子どもみたいに無邪気に笑って、そんなに楽しいのですか? キューティブロッサム」



 レンジに指摘されて気づく。どうやら私もレンジと同じように笑っていたようだ。



「……ふん、楽しいわけないだろ」


「嘘おっしゃい。……あたくしは、とても楽しんでおりますわ。なぜなら、ここまでこのあたくしと〝力〟で張り合ってきた者はあなたが初めてなのですから! キューティブロッサム!」


「へえ、じゃあもう、ミス・ストレンジ・シィムレスのお眼鏡叶ったって事か?」


「ええ……ええ! 勿論ですわ! 今すぐあなたを連れ帰り、同族として迎えたいところですが……あなた、どちらかがおっ死ぬまで、止める気はないのでしょう?」


「よくわかってるじゃねえか」


「オーッホッホッホ! なにせあなたからは、あたくしと同じニオイがしますもの! 考えている事など筒抜けでしてよ!」


「……だったら、おまえも引く気はねえんだろ?」


「当たり前です! ご覧くださいまし、あたくしのこの健康的な青肌を! こんなにもツヤツヤと煌めいているのは、何千年ぶりでしてよ!」



 たしかに今のレンジは、会ったばかりの時とは比べ物にならないくらい肌艶がよくなっている。……て、それよりも何千年って、このインベーダー、私より年上だったんだ……。



「さあ、次は如何いたしましょう! まだ掴み合いますか? 殴り合いますか? 投げ合いますか? それとも、潰し合いますか?」


「寝ぼけてんじゃねえよ。いま、私らは殺し合ってるんだろうが」


「そう! そうでしたわね! ……しかし、嗚呼、ですからあたくし、とても残念ですの。こんなにも楽しい戦いなのに、こんなにも楽しい時間なのに、今、この瞬間にしか味わうことが出来ないなんて……勿体ないと思いませんこと?」


「へっ、ならレンジも魔法少女になるか? 戦争なら戦争らしく、こっちの軍門に下るって言うんなら捕虜として見逃してやらんことも──うわわわ!?」



 ──パッ。

 急にレンジの力が抜け、私がレンジを押し倒すように上にドサッと覆いかぶさる。



「……は? …………はあ?」



 思考が停止し、何が起こったのか一瞬分からなくなる。

 とりあえず私は、慌ててレンジの上から離れようとした。──が、依然レンジは手の力だけは緩めようとはしない。そのせいで、再び私はレンジの上に倒れ込んでしまう。



「な、なんのつもりだ……! このまま窒息させようってのか!?」



 私はレンジの胸部に顔面をうずめたまま怒鳴った。



「あたくしが魔法少女……うん、それもありですわね」


「……はい?」

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