第15話 恐怖!☆巨大カニ男!?
何?
もしかしてこのインベーダー、魔法少女になるとかなんとか言わなかった?
……うん、たしかにそう言ってた。
顔見て本気なのか冗談なのか確認したいけど、手の拘束を解いてくれる様子はない。
「いかがでしょう、キューティブロッサム。あたくしが魔法少女になるというのは」
「いかがでしょうも何も……、まずは手、離してくれませんか」
「あら、これは失礼」
レンジの手が緩み、拘束が解かれる。
私は体を起こすと、レンジの体の上から素早く退いた。……その時、私はレンジの顔を一瞥したが、レンジは何やら物思いに耽っているようだった。
どうやらレンジには、これ以上戦闘を続行する意思はないようだ。
かく言う私もすでに毒気は抜けており、仰向けで寝転がっているレンジに追撃する気すらなくなっていた。
「いたた……」
レンジに掴まれていた手を見る。手のひらは完全に鬱血していて紫色に変色している。手の甲はというと、くっきりとレンジの手の形の痣が付いていた。
私はとりあえず(私とレンジの衝突で出来た)クレーターから這い出ると、投げ捨ててあったインカムを拾い上げた。
「──もしもし? 聞こえてますか、玄間さん」
私の声が校内のスピーカーを通じて届いてこない。という事は、玄間は接続を切ったのだろう。
『プリン・ア・ラ・モード聞こえてるきゃと。……まずはミス・ストレンジ・シィムレスを止めてくれた事に感謝するきゃと』
「あ、はい。どうも」
『……なんかサッパリしてるきゃとね。S.A.M.T.としても、戦闘力の高い魔法少女が仲間になってくれて、嬉しいってのはあるんきゃとが──』
「──いや、それよりもさっきの話、聞いてました? 彼女、魔法少女になるとかなんとか……」
『聞いてたきゃと』
「これ、玄間さんはどう思います?」
『プリン・ア・ラ・モードきゃと。……うーん、いつもみたいにおちょくられているだけ、の可能性もあるきゃとが……』
「あるきゃとが……?」
『……これも初めてのパターンだから何とも。なにせ今までインベーダー側から魔法少女になりたいなんて言われたことも、聞いたこともなかったきゃとからねぇ……。とりあえず、いま、ミス・ストレンジ・シィムレスはどんなかんじきゃと?』
「えっと……」
玄間さんに言われ、私はクレーターの中を覗いてみた。
「えと……、仰向けのまま、腕組みをしながらうんうん唸ってます」
『そうきゃとか……』
「あの、たぶんもうレンジ──ミス・ストレンジ・シィムレスに戦闘意思はなさそうなので、こちらへ来てもらっても大丈夫だと思いますよ? そのほうが色々とスムーズにいくと思いますし、なにより私、いきなり魔法少女になるとか言われても、新人なのでうまく対応できませんし……そもそも私自身、魔法少女の事をよくしりませんから……」
『……そうきゃとね。たしかにミス・ストレンジ・シィムレスをこちら側に引き入れることが出来れば、これ以上ない収穫になるきゃと。うーん……じゃあ、僕がそこに着くまで現場を──』
──ズドォォォォオオオオオン!!
お腹の底まで響いてくるような大きな地鳴りと共に、地面がグラグラと揺れる。
『ど、どうしたきゃと!? キューティブロッサム!』
「いや、私もよくわからないんですが、いまなにか上から降ってきたような……」
音のした方向──なにかが落ちてきた方向を見ると、大量に巻き上がった砂煙に交じって、大きな影が浮かび上がっていた。
「……カニ?」
私の口をついて出たのはその二文字。蟹。
やがて砂煙が晴れると、その中から本当にカニが現れた。──が、かなり大きい。これはクマ……サイ……いや、ゾウくらいの体高はある。口からはぶくぶくと泡を吐いていて、私の身長よりもずっと大きなハサミを振り回している。
なんだあのカニ?!
「く、玄間さん! カニ! カニがいます! しかもなんかめちゃデカい……何ですかアレ!?」
『だからプリン・ア・ラ・モードきゃと!』
「え? じゃあアレが玄間さんの本体なんですか!?」
『いや、玄間じゃなくて……て、今はそんなのどうでもいいのきゃと!』
すごい。あの玄間さんが冷静に、自分でツッコんでる。
『あれは〝ミスターキャンサー〟。ミス・ストレンジ・シィムレスがインベーダーの幹部なら、アレはその下っ端のザコきゃと』
「なんでそのザコがこんなところに!?」
『わからんきゃと。でも──』
「──キューティブロッサム!」
不意に私のコードネームを呼ばれ、肩がビクッと上下する。誰かと思ってその声の発生源を見ると、レンジが腕組みをしながら立っていた。
「どうやら、制限時間が来てしまったようですわね」
「え? 制限時間って、何……? このカニは? どうするの?」
「『遊んでないで帰ってこい』と言われましたので、あたくしもう帰らなくてはいけませんの」
「誰に?」
「キューティブロッサム! 此度の力比べ、大変に楽しめましたわ。特別にあなたをあたくしのライバルと認めて差し上げます」
「いや、カニは? あと、レンジに命令を下したの誰なの?」
「魔法少女の件、大変魅力的な申し出ではありましたが、今回は見送らせていただきます。ですが、前向きに検討させていただきますので……、あたくしはこれにて」
それだけを言い残し、レンジは高笑いをしながら現場から
「ま、待って! なんでそんな思わせぶりな事しか話さないの! もうちょっと情報くれても──」
すかさずレンジの後を追おうとした私の前に、ミスターキャンサーと呼ばれていたカニが立ち塞がった。
「──カニカニカニ……! ミス・ストレンジ・シィムレス様は忙しいお方なんだカニ!」
「しゃ、しゃべる……カニ……?!」
思わず私の声が裏返る。
目の前の巨大なカニが、突然、流ちょうな日本語を話してきたのだ。
そりゃビックリもします。
「〝ミスターキャンサー〟さん、そこをどいてください。いますぐミス・ストレンジ・シィムレスの後を追わないと……!」
「ククク……いや、カニカニカニ……ここはミスターキャンサー様が死んでも通さないカニよー!」
「よりにもよって口癖が〝カニ〟って……玄間さんといい、あんたら皆、そんな雑なキャラ付けばっかりですか! もっと設定練り直してこい!」
「カニカニ……何を言っているかわからんが、ここを通りたくばワシ……いや、オレ? ボク? を倒してからにするんだゼ……いや、カニな!」
「いや、キャラもぶれぶれじゃないですか。せめて一人称はしっかり決めて来てくださいよ……」
「う、うるさい! おまえだって、いい歳して変な服着て、恥ずかしくないんカニ? 人間の事にはあまり詳しくないカニが、おまえ、どう見たって少女って歳じゃないカニ! 身の程をわきまえるカニよ! この、ババ──」
──ブチ。
その時、私の中で何かが切れた。
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