魔法少女誕生

第5話 キャルルン☆魔法少女になろう


「この世界は崩壊した。

 突如空を裂き、ビル群を押し潰すようにして現れた〝インベーダー〟と呼ばれる異形の軍勢により。

 この世界は崩壊した。

 山をも一瞬で消し飛ばす〝魔法〟という兵器を操りし、人の形をした者たちにより。

 我々人間が古来より脈々と受け継ぎ、紡ぎ、積み重ねてきた歴史は一瞬にして塵となり、その上にインベーダーが新たな歴史を築き上げ──」

「こら! そこで何をやっているんだ!」


 私の目の前で何か雄弁に語っていた男が、留置所・・・の係官に強引に連れていかれる。


 そう、留置所なのだ。


 私は今、なぜか留置所内三畳ほどの個室にて芋ジャージを着せられ、畳の上で体育座りをさせられていた。

 白い壁、白い鉄格子に囲まれた完全個室。

 プライベートこそ完全に無視されてはいるが、その1点のみを除外したら、私が現在住んでいる賃貸よりもいいかもしれない。


 ――などという笑えない冗談はさておき、この世界は特に崩壊などはしていない。

 らしい・・・

 そもそも崩壊しているのなら留置所なんて施設が機能しているはずもない。

 ただ、係官から話を聞く限り、かなり危なかった・・・・・のだとか。

 というのも、さきほどの頭のおかしいおっさんが言っていた〝インベーダー〟と呼ばれる連中があちこちで悪さをしていたらしく、そのせいで世界は崩壊しかけ、さっきのおっさんみたいな、いわゆる終末論・・・を吹聴するような輩も増えたのだとか。


 なぜわざわざ留置所で、それも私の前で語っていたのかは私にもよくわからない。


 ちなみになぜここまで私の言い方が曖昧なのかというと、つい最近まで呑気にも眠りこけていたからである。

 病院のベッドの上で目を覚まし、健康診断を受けた後、留置所ここまで移送されて、今に至る。

 なぜ病院にいたのかは皆目見当がつかないが、おそらく日頃のストレスのせいだろう。


 なので、結局私は何もわかっていないのだ。

 さっきの頭のおかしいおっさんや、係官の話が本当なのか嘘なのかすら。

 ただ、なぜかは知らないが、頭ごなしにその可能性を否定することはできない。


「部屋番号1ノ1さん、面会です。出てください」


 突然、係官がよく通る声で1ノ1と呼び、私の部屋の風通しの良い・・・・・・扉を開ける。


 こんな無知蒙昧な私にもわかることがひとつある。

 留置所ここでは名前さくらは呼ばれないということ。

 個々人に振り分けられた部屋番号で呼ばれるのだ。

 つまり係官の言っている1ノ1とは私のことを指すのである。


 なんだかモノ扱いされているようでモヤモヤするが、ここにいる以上は仕方のないことなのだろうと無理やり自分を納得させている。


 私は体育座りを崩し、のそのそと立ち上がると係官に導かれるがまま部屋を出た。


 それにしても、面会か。

 誰だろうか。両親だろうか。

 できればこんな姿は見せたくなかったなあ。


 ◇◇◇


 場所は変わり留置所の面会室。

 部屋の真ん中には大きく透明な仕切りが設置されており、その仕切りには円状にぽつぽつと小さな声を通すような穴が開いて――ない。

 開いていなかった。ショックだった。

 その代わりに学校の放送室で使うようなマイクが置いてあった。おそらくこれで面会人と会話するのだろう。

 私は係官に促されるがまま、その仕切りの前に置いてあった簡素なパイプ椅子に腰かけた。係官は私が椅子に座ったのを確認すると、そのまま部屋から出て行った。


 ややあって、黒縁の眼鏡をかけ、高そうなツヤのある紺色のスーツに身を包んだ男が現れた。


「……誰?」


 見覚えがなかった。

 髪は黒。七三分けだが堅苦しい印象はなくどことなくカジュアル寄り。目つきは鋭く、口はぴちっと一文字に結ばれており、笑った顔を想像できないほど無愛想。年齢は私よりも高めで30代そこらといったといころ。


 個人的にはもうすこし筋肉質なほうが好みだが、これはこれで悪くない。

 ……私は一体、何を考えているのか。


「はぁ」


 男は私の顔を見るなり、軽くため息をつくと、仕切りの向こう側にあった椅子にドカッと腰かけ、足を組むような素振りをみせた。


「なんて嫌なヤツなのだろう。それが、私がこの男に抱いた第一印象だった」


 男が突然口を開き、説明口調で語りだす。

 なんなんだ、こいつは。


「……はじめまして。僕は九六間クロマ邦彦クニヒコと申します」


 完全に面食らってしまった私はほんの数秒ほど間を開けると、何事もなかったかのように、改めて九六間と名乗る男に向かい合った。


「え、ええっと、はじめまして……九六間さん……?」

「ああ、友人からは〝クロマク〟と親しみを込めて呼ばれております」

「は?」

「ですので僕の事は気軽にクロマクとお呼びください」


 あんたにも、そのニックネームにも、今のところ親しやすさの欠片も感じないんだがな。

 これはアレか? ギャグで言っているのか?

 第一印象は大事だから、最初から全力でカマしてやろうとしているのか?


「以後、お見知りおきを」

「いや、お見知りおくまえに……なんですか、さっきの……」

「さっき……ですか?」

「ほら、開口一番の、〝なんて嫌なヤツだろう〟とかなんとか」

「ああ、あれはあなたの気持ちを代弁しただけです」

「だ、だいべん……?」

「恥ずかしながら、僕には人の心を読む力があるのです」


 なんなんだこいつ。

 本当に恥ずかしいやつだな。


「……あの、私、そんなこと思ってなかったんですけど……」

「ほう? ではこの僕が嘘をついていると?」

「まぁ、はい」


 九六間は眼鏡の縁を手で押し上げると、そのまま押し黙ってしまった。


「なるほど、これはこれは……。存外、なかなかにハッキリと申される御方だ」


 それほどでも。


「申し訳ない、じつは僕は嘘をつきました」


 知ってる。


「わざと横柄な態度をとり、感情を誘導させてからそれを言い当て、初対面の相手にただ者ではないと思わせる心理的手法です」


 聞いてない。


「あと、ひとつ補足させていただきますと、嘘というのはもちろん、人の心を読む力のくだりです。友人はいるので」


 どうでもいい。


「ところで……あの、個の私に何か御用でしょうか?」


 とにかく九六間という男が私の中で十分にカエル化したところで、今度は私のほうから切り出した。


「勿論です。そうでなければこんなところへは来ませんよ」


 それをさっさと話せと言っているんだが。


「僕はあなたをここからお連れする。その手伝いをしにやってきた者です」

「お連れ……? もしかして私、家に帰れるんですか?」

「はい」

「じゃあ……えっと、つまり、九六間さんは親が雇った弁護士先生ということでしょうか?」

「いえ、弁護士ではありません」

「あれ、違うんですか?」


 たしかにスーツの襟のところに例のバッジがない。


〝まぁ違うなら違うでべつにいいか〟と流してしまいそうになったが、仮にここを出れたとして、その後この男と行動するかもしれないのだから、素性くらいは知っておきたい。

 そもそもの現状、まだ名前しか知らないわけだし。


「あの、失礼ですが九六間さんは一体……?」

「それをお答えする前にひとつ、よろしいでしょうか?」

「え、あ、はい」


 私の話を遮るようにして九六間が手のひらをこちらに向けてくる。

 相変わらず読めない人だ。

 もしかしてあえて会話の主導権を私に渡さないように――


「僕のことは是非クロマクとお呼びください」

「……はい?」

「人間関係を円滑に進めるためには時として距離をグッと縮めることも肝要です。したがってあなたが私をそう呼ぶことによって今後の関係が――」

「エンリョします」


 私がきっぱりと断ると、九六間はまた無言で眼鏡をクイッと押し上げた。

 相変わらず石膏のように変化しない表情だが、そこはかとなく悲しみのようなモノを読み取れる。


「……では、まずは事実確認をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」


 淡々と次の話題へと進む。

 結局九六間の正体が有耶無耶になってしまったが、まぁ大丈夫だろう。

 変人ではあるが、害はなさそうだ。


 そして、今はそれよりも――


「事実確認……ですか?」

「はい。あなたをここからお連れする前に、まずは僕のほうから軽く2、3簡単な質問をさせていただきます」

「ああ、そういう……」

「はい。では最初の質問ですが――」

「あ、そのことなんですけど、ちょっといいですか?」

「はい、いかがしましたか」

「じつは私、とある事情から直近の知識が曖昧で……」

「ええ、こちらもそれについては把握しております」

「え、そうなんですか?」

「はい、そのうえで〝鈴木さくらさん〟」


 不意に自身の名前を呼ばれ、背筋が伸びる。


「改めて質問させていただきます」


 九六間はそう言うと、座ったまま自身の足元に置いていたであろう鞄からA4サイズくらいのタブレット端末を取り出した。

 私の視線を察してか、九六間は持っていたタブレットを見やすいよう私の目の前まで持ってくる。


「失礼、メモを取らせていただきますので、あらかじめご了承ください」

「はあ……まぁ、構いませんが……」


 つい勢いで了承してしまったけど、メモ……?

 一体なんのためのだろう。


「ではまず、あなたの現状についてですが、なぜあなたがここへ留置されているのか、その理由はご存知でしょうか」

「え……」


 なんなんだ、この質問は。


 いや、この口ぶりからするに、質問というよりは問題か?

 もしかしたら九六間は私がここにいる理由について何か知っている……?


「いえ、さっきも言いましたけど、身に覚えがありません」


 私がそう答えると、九六間は黙々とタブレットに何かを打ち込んでいく。


「鈴木さくらさん。たしかあなたはここに来る前、病院で入院していたとか」

「あ、はい。何が原因かわからないんですけど、何日か寝てたみたいです」

「なるほど。……ところで体調のほうはいかがですか?」


 ここで九六間はタブレットから顔を上げ、私の目を見て質問をしてきた。

 もしかして私を心配してくれているのだろうか。


 ……まぁ、そんなわけないか。


「とくに体のどこかがだるいとかしんどいとかは……」


 長い間寝ていたらしいから、体力や筋力などが衰えたりするとは聞いたことがあるが、私にはそんなことがなかった。むしろ――


「むしろ、今は前より気分がいいっていうか」

「……そうですか」

「なんというか、変な話ですけどね」

「それについて病院側からなにか説明は?」

「いえ、全然。最初は心配されてましたけど、元気そうな私を見たら驚いてました」

「なるほど。続けてください」

「は、はい。それで、もう問題ないからということですぐに退院させられて、ここに連れてこられたという感じですね」

「なるほど。早めに病院を追い出されてすこし不満だったと」

「あ、いえ、そんなことはないんですけど……」


 さて、あのこと・・・・をどう切り出すべきか――


「はい。思った事は口に出していただいて結構ですよ」

「えっと、病院で怪我人が多かったんですけど、もしかして私が寝ている間に何かあったんですか?」


 〝たとえば世界が一度滅びかけたとか〟


 これを言うべきかどうか迷い、言葉に詰まる。

 なぜならこれ・・はあくまで人伝てに聞いた荒唐無稽な話であり、実際、私自身も半信半疑なところがあるからだ。

 いきなりそんなことをこの男に話し、頭のおかしな女だと思われたら今後一生、そのことを思い出しては真っ赤になった顔を手で覆い隠す事を強いられるのだ。


「言いたい事があれば遠慮なくどうぞ」

「あの……馬鹿にしないですか?」

「馬鹿にされるような内容なのですか?」

「いや、そういうわけじゃ……」


 ええい、ままよ。


「……あの、やっぱりそれって、世界が滅びかけた事と何か関係があるのでしょうか?」

「世界が? ……だあっはっはっはっはっは!!」


 さきほどまでの仏頂面はどこへやら。

 九六間は突然大口を開け、手をバンバンと叩きながら笑い出した。


 やばい。

 泣きそう。

 視界が滲み、顔面の表面温度がグングン上がっていくのを感じる。


 私は愉快そうな声をなるべく聞かないようにし、自身の顔を静かに手で覆った。


「その通りです」

「……は?」


 爆笑していた九六間はどこへやら。

 そこには〝スン〟という効果音が聞こえてきそうなほどの仏頂面を貼り付けた九六間が、私の顔をまっすぐに見ていた。


「なるほど。つまりあなたはすでに誰かから聞き及んでいたと」

「いや……」

「え?」

「いやいやいや……なんかいろいろ訊きたい事あるけど、なんで笑った!?」

「いえ、僕はてっきり笑ってほしかったのかと」

「ンなワケあるか! 私の顔を見ろ!」

「……涙が滲み顔が真っ赤になっていますね」

「だろ!? 恥ずかしくて死にそうだったんだよ!!」

「丁寧な前フリなのかと」

「思考がお笑い最優先ファースト過ぎる! おかげで黒歴史増えかけたわ!」

「わかりました。以後気を付けます」


 そう言ってまた九六間がタブレットをポンポンと指で弾く。

 今の会話のどこにメモを取る要素があったんだこいつ。


 もしかして〝冗談が通じないヤツ〟とかなんとか書かれてないだろうな。


「……って、え!? じゃあ、本当に世界は……?」

「滅びかけました」

「い、インベーダーとか魔法も……?」

「存在します」

「マジ……スか……」

「マジっす」


 唐突な黒歴史チャンスの到来に思考が追い付かなかったが、まさかのまさかだ。

 私が寝ている間にそんなことになっていたなんて。

 現実という名の鈍器で後頭部をブン殴られたみたいだ。


 私が肩を落としていると、九六間は持っていたタブレットを鞄にしまい、改めて私に向き直った。


「……も、もういいんですか? 質問?」

「ええ、僕のほうでもう十分だと判断させていただきました」

「なんか、すみません。特に気の利いたコメントできなくて……」

「いえ、冗談がお好きではないということが知れたのは、こちらとしても大きな収穫でした」


 やっぱ書いてたんかい。


「ですが、お気になさらないでください。あなたの境遇を考えれば、一時的な記憶の混濁があるのも致し方ないかと」

「やっぱり……」


 私のことについてなにか知っている。


「あの……やっぱり私、なにか罪を犯していたんですか?」

「心当たりが?」

「い、いえ……だからそういった記憶は……」

「心神喪失の主張ということでしょうか?」

「いやいや! そういうことじゃないです! ……けど……」

「けど?」


 あえて考えないようにしていた可能性が私の口を突いて出る。

 人の道を外れるような事をしでかしてしまったのではないかという可能性。

 そうでなければ退院後、そのまま自分の家に帰れたはずなのだ。


 それに……なんだろう。

 このモヤモヤした感情は。


「あの、もしかして九六間さんは何か知ってるんですか? 私がなんでこの場所にいるのか……」

「そうですね。そちらの件につきましては、今度はこちらからお話をさせていただきます」


 やはり目の前の男は何か知っている。

 私はいつの間にかうるさくなっていた心臓を鎮めるよう、ゆっくりと深呼吸をして九六間の顔を見た。


「お願いします」

「前置きは無しでいきます。鈴木さくらさん、僕と契約して魔法少女になってください」

「……は?」

「でないと殺人の罪に問われ服役することになるでしょう」

「……はあ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る