第6話 はっ倒すゾ☆裏切りの男


 情報の大渋滞だ。

 そのうえ想定していた可能性の中でも最悪な罪を告げられ、頭がくらくらしてくる。


 つまり……えっと――


「さ、殺人……魔法少女……爆誕……てコト……?」

「混乱しておられるようですね。とはいえ無理もありませんが」

「九分九厘九六間さんのせいですが……!」

ククク・・・……なるほど韻を踏んでいる。ラップを嗜む魔法少女というのも斬新ですね」

「た、たまたまですから……! というか、なんなんですか魔法少女って!?」

「魔法少女というのは超人的な能力を身につけた少女たちの総称であり……」

「いやいや、そういう概念的な説明はいいですから……! というか年齢的にも私、少女じゃないですし……」

「そこはまあ些末な問題でしょう」

「些末……なのかなあ……?」

「では順を追って説明させていただきましょう。さきほども申しましたが、鈴木さくらさん、あなたは現在殺人の罪に問われています」

「あの、殺人って……本気ですか……?」


 九六間は仏頂面を貼り付けたまま、ゆっくりと頷いた。


 突飛。

 あまりにも非現実的。

 もはや魔法少女という単語が霞んできているほどの衝撃。


 ……だめだ。

 息をするのが苦しくなってきた。

 指先の感覚が急速になくなっていく。


 殺人?

 めると書いての、あの……殺人?

 私が?

 こんなのお母さんになんて言えば――


「心中お察しします」

「本当ですか……?」

「ただの常套句です」

「……ほんの少しでいいので黙っていただけますか」


 いやまあ、たしかに『心中お察しします』に対して『本当ですか?』は余裕がないというか、意地悪な返しではあったけどさ、それでも『ただの常套句です』ってバッサリ切り捨てなくてもいいじゃん。まるで胴と首を一気に切り離され――


「胴と……首……?」

「いかがなさいましたか、鈴木さくらさん」

「す、すみません、なにか、頭の中にビジョンのようなものが……」

「ピジョン?」

「私……なんか……あれは……公園……?」


 思い出せそうで、思い出せない。

 何かをスマホで検索しようとして、その何か自体を忘れてしまった時のような感覚。


 〝胴〟と〝首〟

 このふたつの単語が、なぜか私の中で何度も反響する。


「時間帯は……夜……? 薄暗い公園で……私は……」

「ひとりは曽戸路ソトミチ仁也ヒトナリ。睾丸破裂および複数の内臓破裂で死亡」

「……へ? なにを……?」

「もうひとりは鹿島カシマツヨシ。頭部を強く打ち、失血死。すべて鈴木さくらさん、あなたによる犯行・・です」

「な、なんで今言ったの?」

「記憶を呼び覚ます一助になるかと」

「いや、たしかに今、完全に思い出しましたけど……え? なんで?」


 なんというか、私が言うべきことではないかもしれないが、この人はデリカシーというものが欠如しているよう見受けられる。


「もし私がもっと繊細な人間で、無理やりその記憶を掘り起こしたことによって抱えきれないトラウマを負ってしまったら――とか考えなかったんですか?」

「なるほど。たしかに」


 考えてなかったようだ。


 それにしてもエグい。エグすぎる。

 改めて聞くと、何をやってるんだ私は。

 いくら襲われそうになったからといえ、これはさすがに過剰過ぎる防衛……でもない気が……しなくもないが――

 いや、やっぱり殺人という行為を簡単に肯定することはできな――


 そこまで考えて、はたと思考が止まる。

 また〝殺人〟という言葉に引っかかるが、今度は少し意味合いが違う。


 はたしてあれ・・は……私が蹴飛ばしたあれ・・は、本当にだったのだろうか?

 たしか、頭飛ばしたあとも、なんか一言二言しゃべっていたような。

 というかそもそもの話、人の頭部というものは私が蹴ったところで吹っ飛んだりするものなのだろうか。


 いや、ない。

 断じて、ない。

 過去に何度か経験はあるが、あんなことにはならなかった。

 いくら当たりどころが悪くても、あんな状態にはならない。


「あ、あの、九六間さん。ちょっといいですか」

「なんでしょうか」

「もしかして……もしかしてですけど、あの二人組……人間じゃなかったという……インベーダーとかいう存在だったという可能性は……」

「はい」


 やっぱり。


曽戸路ソトミチ仁也ヒトナリならびに鹿島カシマツヨシの両名はこちらでもインベーダーであったと確認されています」

「そ、そうです……よね……! やっぱりあれは……!」

「能力が覚醒したあなたの手……いえ、この場合、脚によって討伐されたとこちらでは認識しております」


 私が命を絶ったモノ・・がインベーダーという〝人外〟であったということで、自分の中にあった得も言われぬ気持ちの悪い感情・・・・・・・・が些か軽くなったような気がしたが――気のせいだった。そう簡単なものではない。


 いくら命に危険が差し迫っていたとはいえ、相手が人間ではなかったとはいえ、胸糞悪いのには変わらない。

 これ・・はちょっとやそっとで消えるものではないだろう。


 だが、今はそれよりも・・・・・気になる事がある。


「……あの、もしかして九六間さんが私を……そのアレ……の勧誘にきたのって……」

「アレとは」

「え……」


 この歳で真顔で改めてその単語を口に出すの恥ずかしいな……。


「ま、まほー……しょーじょ……に勧誘しにきたのって、もしかして……」

「ええ、こちらのほうで適正有と判断させていただいたからです」

「つ、つまり、話を整理させてもらうと、あの日……私がインベーダーに襲われた日、ピンチに陥った私は……その……突如能力に目覚め、それでインベーダーを撃退したと」

「能力に目覚めた要因がそれかどうかの断言はできませんが、その認識でよろしいかと」

「えっと、じゃあ……インベーダーって異変前からこの世界にいたんですか?」


 私がそう質問をすると、九六間は親指と中指を使って眼鏡を持ち上げて続けた。


「さすがです。よく気づきましたね」

「いや、そりゃ気づきますよ。異変後にインベーダーが来たって聞いたんですから」

「お察しのとおり、インベーダーは異変前からこの世界にいたと思われます」

いたと思われる・・・・・・・……?」

「はい。お恥ずかしい話ですが、異変前のインベーダーの行動はこちらでも把握しきれてはいません。異変というのは、インベーダーたちが行動を起こした日・・・・・・・・という意味で使わせていただいております」

「マジですか……」


 私は、改めて私の手のひらをまじまじと見つめる。

 なんの変哲もない、いつも通りの私の手。

 今だって、そんなトンデモ能力があるなんて到底思えない。


 けれど、あの日私の身に起こった出来事は私の脳に、消えない記憶として刻み込まれている。

 これは紛れもない現実なのだ。


「さて鈴木さくらさん。本題に戻りましょう」

「あ、はい……」


 フルネーム呼び、未だに慣れないなあ……。


「あなたは現在殺人の罪に問われています」

「でも、あの時は……」

「そう。紛れもないインベーダーでした」

「なら……!」

「ですが、それらを把握しているのはこちら側のみです」

「それはどういう……?」

「さきほども申しましたが、インベーダーは異変前からこの世界にたしかに存在していました。つまり現状、鈴木さくらさんが手を下したモノ・・は、法律上〝人間〟として扱われているのです」

「……は?」

「法整備が後手後手に回ってしまうのは世の常です。それにただの一般人がインベーダーを斃すことなど想定すらしていません。判決を下されてからではもう遅い。その前に僕たちの組織に所属し、あの時、鈴木さくらさんの行った行為が正式なものであると証明するしかないのです」

「つまり……平たく言えば、魔法少女の組織に所属していないと……死刑?」

「あまり脅すような言葉を使いたくありませんが、そのとおりです」

「いや、無期懲役って可能性も……いや、無期懲役も嫌だな……」


 ここで答えを出さないといけないはわかってる。

 決断を下すまでに残された時間が少ないのもわかってる。

 けど、急に魔法少女になって悪いやつを倒せなんて言われても軽々しく首を縦になんか振れない。

 それに、九六間がここまで魔法少女という名に拘っているのだから、あのフリフリにヒラヒラのファンシーでフェミニンな服装もポテトフライの如くセットでついてくるのだろう。


 考えてみろ。


 たとえここで死刑や無期懲役を回避したとして、これからの人生それを着て人前で戦う職に就くなんて、ある意味死刑よりもひどいのではないだろうか。


「……たしかに、ここですぐに決断しろというのはフェアではないのかもしれません」

「もしかして、くれるんですか……! 猶予……!」

「ええ、ですがその前に、開花されたご自身の能力を見てみたくないですか?」

「え? そ、そりゃ……見たいですけど……」

「百聞は一見に如かずと言います。試しにその邪魔な手錠を破壊してみてはどうでしょうか」


 その一言にすこしワクッとしてしまう自分がいる。

 何を隠そう〝能力〟と書いて〝チカラ〟と読む系のノリは嫌いじゃないのだ。


「え? い……いいんですか?」

「大丈夫でしょう。ここの方々もあなたがどういった方なのかは理解している筈です」

「えっと、じつはあの……まだちょっと半信半疑なんですよね」

「ご自身の能力についてですか?」

「ええ、生まれて初めて手錠をかけられましたし、まさかここまで頑丈でずっしりとしている鉄の塊とは……」

「たしかに初めて手錠をはめられた方はそう言われますね。ですが安心してください。今のさくらさんならスナック菓子のようにねじ切ることが可能なはずです」


 そう九六間に言われ、改めて手元に視線を落とす。

 目に映るのはひんやりとした鉄の塊。

 無論よくあるプラスチック製のおもちゃとはワケが違う、本物の拘束具。

 こんなにも堅牢なものを、本当にいとも簡単に破壊できてしまうのだろうか。


「まずは深呼吸です」


 私は返事はせず、九六間の言うとおり部屋の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 とりあえずは言う通りにしてみよう。


「次に力の流れを意識してください」

「力の……流れ……?」

「はい。さきほど吸い込んだ空気をお腹に留めて胸へ、次に肩から腕へ、最後に手を互い違いに捻るのです」


 〝バキッ!〟

 九六間の言うとおり、なんの抵抗もなく手錠の連結部分が折れる。

 まだほんの少ししか力を入れていないのに、本当に菓子のように――


「あっ、係官さん! この人手錠壊して脱出しようとしてます!」

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