第4話 アイツ

(まったく、冗談じゃない)


 俺はホッとして駅前のからくり時計を見る。そろそろ日付も変わる頃だ。


(アイツとの約束果たせなかったな、ま、しゃーない)


 もう外を歩く人もほとんどいなかった。明日は仕事だ。さすがに二日続けて会社を休むわけにもいかない。諦めて部屋に戻ろうとしてふと婚約者のことが気になった。最近仕事が忙しいのにかまけてロクに連絡も取っていない。男の「ちゃんと構ってやれよ」という言葉もあり俺はポケットからスマホを取り出し彼女に電話をすることにした。スリーコールで電話がつながる。


「もしもーし」


 聞こえてきたのは知らない女の声だ。


「え、誰?」

「あ、彼氏さんですね! 陽子からお話聞いてますよぉ。今日はお泊りで女子会なんですぅ。陽子ちょうどシャワー浴びに行っちゃっててぇ」


 陽子というのが俺の婚約者だ。そういえば明日彼女の職場は店休日だ。友人が泊まりにきているのだろう。甘えたような友人の喋り方に少しイラっとした俺は電話を切ろうとする。


「ああ、じゃあまたかけなおすんで」

「あ、待ってください。出てきましたよぉ? 代わりまーす」


 ゴトリ、という耳障りな音がした。スマホを机にでも置いたのだろう。少し話をしたら切ろう、そう思い待っていると先ほどの友人が再び電話口に出て言った。


「そうそう! 陽子ね、いつも彼氏さんの自慢してるんですよぉ! 仕事で忙しくてなかなか会えないけど応援してるんだって! 彼女にそこまで想われるなんて、彼氏さん世界一の幸せ者ですね! あ、代わりまーす」


(え……)


「お、おい、待てよ! おい!」


 再びゴトリ、と電話を置く音がする。


「ちょっと! おい! 出ろよ!」


 俺は必死になって電話口で叫ぶ。俺が世界一幸せだって?冗談じゃない。


「おい! もしもし! もしもし!」


 そろそろ時刻は十二時だ。心臓をギュッと鷲掴みされているようなイヤな感じがする。いつの間にか手が汗でびっしょり濡れていた。焦って叫び続ける俺を通りすがりのサラリーマンが怪訝そうな表情を浮かべて見ている。だがこちらはそれどころじゃない。すると電話口に誰かの気配がした。陽子か?


「あ、もしもし? いいか、今から言う通りに言ってくれよ」


 彼女なら何の疑問も抱かずに俺の言う通りにするだろう。俺はホッとして話を続けようとする。だが聞こえてきたのは陽子の声ではなかった。この声は……。


「やぁ、相棒」

「お、お前、どうして。陽子は? 陽子はどうしたんだ。ああ、こんなのちょっとした遊びだろ? な、そうだよな?」


 その瞬間、夢の中でいつも見ているアイツの顔が鮮明に蘇る。アイツは……そうだったのか。


「残念だよ、相棒。残念だ」


 からくり時計の扉が音もなく開き、人形がぬうっと顔を出した。




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一番幸せなヒト 凉白ゆきの @yukino_s

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