第2話 一番幸せなヒト(1)

 翌朝、いつもよりかなり早く目覚めた俺は街へと向かった。一番幸せなヤツを探すために。幸せなヤツなんか死んじまえばいい。アイツとの会話は妙に生々しく記憶に残っていた。もちろんただの夢に決まってる。それでも俺は街へと向かった。


 ジャージ姿のままダウンコートを羽織って家を出る。師走の朝は冷え込んでいた。体調が悪いので休みます、会社にはそう連絡した。


 街にはいろんなヤツがあふれている。俺は大通り沿いにある、古びた商業ビルの非常階段に腰かけて通りの人々を見つめた。楽しそうに友人と語らいながら学校へと向かう少年たち。パリッとしたスーツを着こなしたサラリーマン。幸せそうなヤツがたくさんいた。


(いやいや、俺が探すのは幸せなヤツじゃない。幸せなヤツを教えてくれる不幸なヤツだ。そう、とびきり不幸なヤツ)


 そんな人混みの中、項垂うなだれて歩く中年男性がオレの目を引いた。よれよれのスーツにアイロンのかかっていないシャツ。絵に描いたような冴えないサラリーマンだ。


(あいつにするか)


 そう思って腰を上げる。ところがその瞬間、男は懐からスマホを取り出し話し始めた。


「はい、はい、その件は……もちろんです! もちろんです! すぐにお伺いしますので……」


 客からのクレーム電話でも入ったのだろう。男は気の毒なぐらい汗をかきながら電話口に向かって頭を下げる。そして小走りに駅の改札口へと向かっていった。


(チッ、使えないオッサンだぜ)


 結局その後もふさわしいと思われる人物は現れず、俺は誰にも声をかけられなかった。まぁよくよく考えてみれば、職場や学校へと急ぐこの時間帯に呼び止められても、話などしているヒマはないだろう。朝のラッシュも終わり人影もまばらになってきた。このまま部屋に帰っても特にやることもない。俺は駅前のパチンコ屋に向かった。


 駅前には小ぶりのからくり時計がある。よくある感じのからくり時計だが、変わった点があった。普通は朝から夕方、せいぜい夜十時ぐらいまでの間しかからくりは動かない。ところがこの時計は24時間、毎時00分になるとからくりが動き出すのだ。しかもなぜか音楽は鳴らない。静かに人形が踊るだけだ。壊れているのかもしれない。夜中に扉が開いて日本人形が現れクルクルと踊るのは少し不気味だった。


 俺はそのからくり時計を横目に見つつパチンコ屋の自動ドアをくぐる。店内は意外なほど賑わっていた。スーツ姿の男性もちらほらいる。仕事をさぼって打っているのか、あるいはリストラされたサラリーマンなのか。ここで不幸な人間を探すのもアリか。そう思って店内を見渡す。


(こりゃダメだな)


 みんな眩しい光と大音量の音楽にすっかり夢中になっている。ある意味皆幸せなのかもしれない。パチンコ屋なんて学生の時以来だ。仰々しい飾りのついた台が並んでいる。よくわからないまま打ち始めた。そしてよくわからないまま大量の出玉を得る。

 結局夕方頃まで玉は出続け、俺は昼飯も食わずに没頭した。気分良く店を後にするとちょうど夕方のラッシュ時だ。俺は駅前に陣取り改札口から出てくる人々を眺めた。


(あ、あいつ)


 改札から出てきたのは朝見かけた冴えないサラリーマンだった。俺は小走りに男性へと近づく。

 

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