エピローグ2
久しぶりの都会。人の多さに眩暈を覚えた。ずっとここで暮らしてきたはずなのに。倫子はキョロキョロとあたりを見ている。
「落ち着かない」
「何かね。そんなに離れていたわけじゃないのに」
「それに緊張する」
「親と会うだけなのにね」
「こんな格好でよかったかな」
「気を使う相手でもないし」
僕と倫子はロビーにあるソファーで佳代さんが淹れてくれたコーヒーを飲んでいる。そういえばあの頃もお客さんの入っていない夕暮れに、佳代さんの淹れたコーヒーを飲んでいた。
「佳代さんのクッキーはやっぱりおいしいですね。はじめて食べたときと同じで」
「あたしはね、あなたたち本当の夫婦だと思ってたの」
「宿帳にはそう書いてたけど、疑わなかったんですか」
「あんなことがあっても」
「あの時はびっくりしたし、
大変だったけど、心配はしてなかった」
「結局こうなっちゃいました」
佳代さんが僕たちに優しく笑いかける。
「結局こうなっちゃったのね」
おふくろはこう言うと、満足そうに微笑んで倫ちゃんのおばさんと目を合わせた。
親に心配をかけないとか、親を安心させたいとか考えたこともなかったのに。僕たちがこうして二人の前にいることで、僕も少しだけ安堵した気持ちになっている。
「倫子がこうしてここにいるのは勘太郎君のおかげね」
「そうじゃなくて、倫ちゃんがここに連れてきてくれたんです」
「あの時から決まっていたんだよ」
おふくろがかみしめるように言う。
「あたしも決めてたの」倫子が言った。
「決めていてもその通りになるとは限らないからね」
倫ちゃんのおばさんが倫子にそう言う。
あの時って何時のことなんだろう。僕は考えていた。
「ご両親も喜んでいたでしょう」
「でもこれからですよね」
「そうね」
僕と倫子が浮草旅館を離れるとき女将さんをはじめみんなが見送りに出てきてくれた。特別なことでないことは僕も倫子もよくわかっていた。
この旅館ではすべてのお客さんに同じことをする。僕と倫子もここにいたときは幾度となくやってきたことだった。それでも僕は女将さんたちに特別なものがあるように感じていた。
そんな思いを背中に感じながら僕と倫子はこの旅館を離れていく。
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