エピローグ1
「雪がないね」
「まだ夏だよ」
「そうだよね、でも新鮮」
どんよりとしていた空はきれいに晴れあがり、青い空に夏の雲が浮いている。はじめてこの駅に降り立った時よりも人が多いような気がしたけれど、街そのものの雰囲気は変わっていないように感じた。
僕と倫子はバスには乗らずに、焼けたアスファルトの道を歩いていく。
「わくわくするね」倫子が言う。
僕もわくわくしていた。はじめてここに着いたときは不安でいっぱいだったのに。
「久しぶりだねリンコちゃん」
富さんと美代さんが迎えに来てくれた。僕は木々の間から漏れてくる光を見ている。あの頃と変わらない。
「玄さんは畑ですか」
「今日は山のほうかな」
「あいかわらず気の向くままだよ」
「勘ちゃんリンコちゃん、おめでとう。ようこそ雨月荘に」佳代さんが奥から出てきた。
「何もないけど、ゆっくりしてって」
「そんなにゆっくりもできないんですけど」
「この前はゆっくりしすぎたからね」
笑顔であふれている。佳代さんも富さんも美代さんも、そして倫ちゃんと僕も。
「玄さんも呼んできたいけど、あの人どこにいるかわからないから。とにかく部屋に上がって。今日はあなたたちだけだから」
「そうなの、雨月荘に行ってきたの。今は海の近くに落ち着いたのよね」
「そこから東京に出て、佳代さんのところに寄ってからここに来ました」
「あの時は荷物ありがとうございました」
「別にいいのよ。思っていたよりも早く落ち着き先が決まって安心したから」
女将さんはあの時と同じように優しく僕たちを迎えてくれた。倫子は仲居さんたちと話をしている。僕も何人かとあいさつをした。ここはいつでも活気にあふれていると思った。
「早かったね」
倫子が風呂から戻ってきた。
「勘ちゃんだって」
そう言って倫子はタオルをよくのばしてからタオル掛けにタオルを掛ける。
「あの頃ってお客さんとお風呂で会うってなかったからね。落ち着かないよね」
「この部屋も大きすぎて落ち着かない」
「あの部屋どうなってるかな」
「きっと他の人が使ってるよ」
「せまくて寒かったよね、あの部屋」
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