Ⅱ-12

 僕とマスターはカウンターから窓際の席の倫子とサーファーの男を見ている。会話はほとんどなく、男のほうがポツリポツリと言葉を発しているように見える。倫子は相手を見るでもなく見ないでもなく、発せられた言葉にもほとんど反応していない。

「最近来るようになったんですか」

「常連の人に連れられてね。初心者のようだけど」

「リンコちゃんのことしつこくきかれたよ」

 店内にはハワイアンでなくボサノヴァが流れている。からみつくようなストリングスがちょっとなまめかしい。

「ただ俺だって、勘太郎君たちがここに来る前のことは知らないからね」

「籍はまだなんだよね」

 僕はマスターの言ったことに黙ってうなずいた。倫ちゃんが立ち上がってこっちに向かって歩いてくる。話が済んだようには思えなかった。

「勘ちゃんと話したいんだって」

 倫ちゃんはカウンターに戻ってくると僕にこう言った。

「まさかここであいつに会うとはね」

「あいつって」

「最近出所してきたんだって」

「倫ちゃんを刺そうとした男」

 倫ちゃんは黙ってうなずく。倫ちゃんの表情からはあきらめの感情は見えたけれど、恐怖を感じているようには思えなかった。

「どうも」

 テーブルの向こうの男は思いのほか柔らかな表情で僕を見ている。

「どうも」

 僕は無表情にそう言ったつもりだった。

「俺、感謝してるんです。あいつに」男は静かに話し始めた。

「最初はあいつにチクられたと思って、クスリもやってたし、ナイフ振り回して」

「でも、あのままずっとあの生活つづけていたら、もっとひどいことになったんじゃないかって思って」

「俺、立ち直れなかったと思うんです。今みたいに」

「すごくいい顔してると思う」

 僕は感じたままを彼に言った。

「人間、こんなに穏やかになれるんですね。すべてなくしたけど、得たものもたくさんあって」

「楽しいんだ」

「楽しいですよ。サーフィンするのも、仲間といるのも」

 僕はこの男が倫ちゃんを刺そうとしていたときの顔を想像することができなかった。

「俺、リンコが俺のことを思ってチクってくれたんだと思ってたんです。そのくらい大切に思ってくれてたんだろうって」

「多分倫ちゃんはチクってないよ」

「さっきリンコも言ってたけど、やっぱりそうなんだ」

「ただ逃げたかっただけじゃないかな」

「俺の勘違い、ですかね。ここで見かけたときは運命を感じたんですけど」

「倫ちゃんって不思議なところがあるよね。本人にはそんなつもりはないようだけど」

 僕と向かいの男は顔を見合わせて微笑んだ。

 倫子は不思議そうな顔をして僕たちを見ている。


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