Ⅱ-8
流れる汗が止まらない。首にかけたタオルで汗をぬぐおうとしても、そのタオルもすでに汗でぐっしょりと濡れている。倫ちゃんは長かった髪を佳代さんに切ってもらった。
「ねえ、勘ちゃんどうかなあ」
麦わら帽子をとって倫ちゃんが僕に言う。
「かわいいよ。ちょっと男の子みたいだけれど」
「そんなに短くしたの初めてじゃない」
「子どもの頃に一度したかな。覚えてない」
「覚えてないよ。僕が越してくる前なんじゃない」
「そうかな」
富さんがおにぎりとお茶を持ってきてくれた。
「大将はどうしてるんだい」
「山で作業するって言ってました」
「今日はお客さん入ってるんですか」
「三組ぐらいかな。夕方からリンコちゃんにも手伝ってほしいっておかみさんが言ってた」
「それじゃ今日は早く上がらないとね」
「頑張りすぎんなよ。あとは大将がやるから」
「倫ちゃんだけでも、早く戻しますから」
「まあまあ」と言って富さんは宿のほうに戻っていく。
僕と倫子は土手にこしかけて富さんが持ってきてくれたおにぎりにかじりついた。少しきつめの塩がちょうどいい。もしかしたら汗の塩気もまじってるのだろうか。
「いつもながらおいしいね、美代さんのおにぎり」
倫子は満足そうにそう言うと、やかんから茶碗にお茶を注ぐ。僕は倫子から茶碗を受け取って一息に飲んだ。富さん特製の冷えたお茶が体中にしみわたっていく。そしてまた汗が噴き出る。体に良いものが入って、悪いものが体から出ていく感じ。悪くない。こうやって体が浄化されるのだろうか。倫子がタオルで噴出した汗を拭いてくれた。倫子のタオルも濡れていて、倫子のにおいがした。もうすかっり僕になじんでしまったにおい。このにおいも僕を浄化してくれるのだろうか。
「おい、もう仕事は終わったのか」
大きな声が聞こえ、山から玄さんが草木をかき分けながら出てきた。背が高くがっちりとした体形。見るからに山の男っていう感じだけれど、ここに来る前は都会のサラリーマンだったらしい。
「色白のいい男だったのよ」
佳代さんがそう言っていた。
「腹が減っては戦はできぬ」
倫子はそう言っておにぎりの入ったかごを玄さんに渡した。髭面の玄さんがニヤリと笑った。
「髪切ったのか。いい心がけだ」
「勘ちゃんが男の子みたいだって」
「別にいいだろう」
「よくないよ。あたし接客もするし」
「いいじゃない、かわいいんだから」
「玄さん、あたしかわいいかなあ」
玄さんは立ち上がってやかんから直接お茶を飲んだ。
「それはやらないでって言ったのに。玄さんのほうが子どもみたい」
倫子が玄さんを睨んでいる。
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