Ⅱ-7

 佳代さんが鍋からあったかい汁をよそってくれる。里芋のほかにも野菜のたっぷり入った汁。

「肉はイノシシの肉だから」

 この時期の看板メニュー。イノシシ汁。味付けは自家製のみそだけだけれど、野菜と肉からたっぷりダシが出ていてとにかく美味い。

「この汁あったまるんだ」

 タートルネックのセーターに綿入り半纏をはおった倫子が湯気の出ている汁の器を受け取る。

「このイノシシ汁を食べられるのも今日が最後なんですかね」

「この辺は冬のなると雪に埋もれてしまうから」

「佳代さんにはお世話になりっぱなしで」

「もうあれからずいぶんたちますね」

「すごく楽しかった。畑仕事」

「最初は全然だめだったですけれど」

「ここに入ってる野菜はほとんどあなたたちが作ったものだから」

 僕と倫子は言われるままに作業をしていただけだった。ただ作業をしているうちに自然に分かってくることもある。生き物を育てるっていうことはそういうことなのかな思った。僕と倫子にとってはすべてが新鮮ですべてが驚きだった。

「今年は楽しすぎちゃったから、来年はどうなるかわからないね」

 いつも僕たちを大声で怒鳴りつけていた玄さんも、やさしく仕事を教えてくれた富さんや美代さんも、今日は少しばかりしんみりしていた。

「ちょっと飲み過ぎちゃったかな。倫ちゃんには足りないかもしれないけれど」

「あたしももういいかなって感じ」

「こんなに長くいるとはね」

「そうだね」

「玄さんはいつも僕らをにらみつけてたよね」

「そう、最初は恐かった」

「でも今は仲良しだよ。玄さんすごくやさしいから」

「そうなんだ」

「勘ちゃんにはやさしくないの」

「そんなことないけど」

 倫ちゃんはいつもどおりの目で僕を見ている。

「そろそろお布団敷こうか」

「眠れるかな」

「寝ちゃったら、明日になっちゃうもんね」

 明日になったら僕と倫子はこの宿から出ていく。ほんの少しのつもりだったのに、こんなに長居してしまった。客として、そして従業員として。

「勘ちゃんは間違ってなかったよ」

「何が」

「ここの駅で降りたこと」

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