Ⅰ-12

「予想通りだね」

 駅のホームに降り立って倫子がポツリと言う。

「無人駅じゃないみたいだよ」

 僕の言った言葉も目の前に広がるのどかすぎる風景の前ではほとんど説得力がない。それでもこのローカル線の駅の中では大きいほうの駅だと思う。乗り換えの駅に置いてあったパンフにも載っていたし。僕と倫子は駅の入口を出たところにある丸太を割ったようなベンチに荷物を置いた。

「ねえ、何か飲む」

「コーラがいいかな」

「あたしもそうしよう」

 そう言ったあと、倫子はベンチの隣にある自販機の前で考え込んでいる。

「小銭ならあるよ」

「ペットじゃないの」

「缶コーラ」

「しかたないね」

 倫子は自販機に小銭を入れてボタンを押す。バタンと缶コーラの落ちる音が聞こえる。プシュっと缶を開ける音がして、ベンチにすわっていた僕は倫子から缶コーラを受け取った。

「ありがとう」

 倫子はもう一本缶コーラを買うと僕のとなりにすわった。

 コーラが口の中ではじけた。

「たまに飲むとおいしいね、缶コーラ」

「普段は飲まないの、コーラ」

「あんまりね」

「今日は飲みたい気分だった」

「そうかな」

「あたしはちょっと中毒」

「コーラ中毒」

「そう」

「クスリよりはいいよ」

「そうだね」

「ほんとに何もないよ、勘ちゃん」

 僕と倫子の前にはジャリ敷きのちょっとした広場があって、そのまわりは点在する民家と緑色だけ。そしてその上に広がる青と白。店らしきものは何もなかった。

「まぶしいね、緑色」

「若葉の季節だからね」

「温泉に行くの」

「他に何もなさそうだし」

 僕は広場の端にある古ぼけた看板を指さした。

「そうだね」

 倫ちゃんは缶コーラをベンチに置いてすわったまま手足を伸ばした。それを見て僕も倫子の真似をする。

「気持ちいいね。こんなに自由になれるんだ」

「自由じゃなかったの」

「どこにいても、閉じ込められてるような気がして」

「都会にいるとね」

「誰にってわけじゃないんだけど」

 僕は懐かしい顔を見たような気がした。まだあの頃は自由だったような気がする。いつからこんなふうになってしまったんだろうか。

「電話すればタクシー来るのかな」

「聞いてみようか」

 僕と倫子は立ち上がって、飲み終えた缶コーラを自販機の隣に置いてあるボックスにすべりこませた。カランと缶の当たる音がした。

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