Ⅰ-11

 炭火で焙られたホルモンの油が煙となって店内に充満していた。これではにおいだけでなく、ススまで服の中に入りこんでしまう。倫子はそんなことまるで気にしていない様子で、ホルモンを焼いている。

「焼肉じゃなくてごめんね」

「いいの、いいの。ホルモンも好きだから」

 そう言ってホルモンをつぎつぎに口の中に放り込む。

「ここのホルモンやわらかいね。噛んだ感じがたまらないっていうか」

 二人のしている紙エプロンはすっかり油まみれ。

「さっきも言ったけど、もしかしたら倫ちゃんの知らない人じゃないかって」

「知らない人がそんなことするの」

「倫ちゃんが覚えてなくても、相手が覚えてるってこともあるじゃない」

「そうかなあ」

「ほんのちょっとしたことでもさ」

「根に持つ人ってこと」

「そんなのありえないよ」

「世の中みんな倫ちゃんみたいな人じゃないんだって」

「それはわかるよ」

「倫ちゃんにとっては覚えてないほんの些細なことでも、相手にとってはひどく傷つけられたって思うこともあるわけだし」

「傷つけられたら仕返しするの」

「多分相手は倫ちゃんが自分に好意を持ってると思ってる」

「そうなの」

「思ってるっていうより、思いこんでるのかな」

「そんな人たくさんいるよ。だから困っちゃう」

 倫ちゃんはそう言って僕のほうを見て笑う。

「勘ちゃんはあたしが勘ちゃんのこと好きだと思ってる」

「微妙だなあ」

「思ってよ。だって本当だもん。あたし勘ちゃんが好きだよ」

「ねえ、ビールおかわり」

 倫ちゃんはジョッキに残っていたビールを飲みほした。

「勘違いしてる人もいるよ、たくさん。勘ちゃんはその人のこと言ってるんだ」

「そんな人を無視したりしたことない」

「してるかもね。よくわからないけど」

「なるほどね。その中で根に持つタイプがストーカーかもしれない」

「思い当たる人いる」

「いるわけないじゃん。わかるわけないよ」

「それよりも勘ちゃん早く食べて。新しいの乗せるから」

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