Ⅰ-2

「よくある話だよね」

「そうなの」

「でも、何で男ってあんなにバカなんだろう」

「勘ちゃんのこと言ってるわけじゃないよ。勘ちゃんは別。あたしの中で勘ちゃんは特別なんだから」

「でもさ、倫ちゃんみたいなかわいい娘に気のありそうなこと言われたら、みんな舞い上がっちゃうよ」

「でも勘ちゃんはそんなことないじゃん」

「幼馴染だしね。倫ちゃんのことはわかってるつもりだし。そもそも僕は倫ちゃんにそんなふうに言われたことないし」

「あたし以外には」

「モテるタイプじゃないからね」

「そんなことないと思うけど。頭いいし、やさしいし。ちょっと背は足りないかも」

「もういいよ」

 そうなのかもね。倫子には、女には縁がないと思いこんでいる僕みたいな男でもガードを外してしまう不思議な魅力がある。

 居酒屋のおばさんがビールを持ってきた。

「桜が咲いたのにまだ寒いね」

「ビールでよかったの」

「いいの。あたしはいつもビール」

「飲んじゃえば、あったかくなるし」

「勘ちゃんはすぐ赤くなるよね」

「倫ちゃんはいくら飲んでも顔に出ない」

「あたし病気かな」

「体質だよ。顔に出ないだけじゃなく、めっちゃ強いし」

「飲兵衛な父親に似たのよ。大嫌いだったけど」

「今はどうしてるの」

「わかるわけないよ。知りたくもないし」

 僕は倫子の親父さんとは会ったことがない。僕が倫子のアパートに越してきた時にはすでに別居していたようだ。

「でもね。たまに見られてる気がするの」

「親父さんに」

「そう」

「ストーカーじゃなくて」

「ちがうよ。だってストーカーは気がするとかじゃなく、間違いなくいるから」

「もしかしたらその辺にいるかも」

「つけられちゃった」

「大丈夫だよ」

 そう言って倫子が笑っている。おどかさないでよ、倫ちゃんらしいけど。テーブルに運ばれてきたいか焼きの香ばしいにおいが鼻をくすぐる。

「ねえおばさん、肉料理はないの」

「角煮とかあるけど」

「角煮かあ。焼肉がいいな」

「生姜焼きでいいかい」

 倫子がぼくのほうを見てうなずいた。

「じゃあ、それお願い」

「肉好きは変わらないんだ」

「何かね」

「でもいか焼きもおいしそうだね。勘ちゃんも熱いうちに食べなよ」


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