山と海と缶コーラ
阿紋
Ⅰ-1
「ねえ、お茶飲まないの」
「冷めちゃったかな」
「そろそろ夏だよね」
「そうなんだよね」
「何が」
「何で熱いお茶が売ってたんだろう」
「お弁当には熱いお茶なんじゃない」
「お弁当か」
「そうだ、食べなくていいの」
「食べたくないの。勘ちゃんはお腹空いてるの」
「そんなでもないけど、朝から食べてないからね」
「駅に着いたら何か食べようか」
「そうだね。でも、大丈夫なの」
「大丈夫って」
「知らないところなんでしょう」
「近くに温泉があるみたいだし、駅前なら何かあるんじゃない」
「そうかなあ」
「いくつか駅に止まったけど、何もなかったよ」
「秘湯とかじゃないよね」
「まあ、それに近い感じだけど」
「それならないよ。テレビで見たことある。駅のまわりは畑しかなかった」
「そうかなあ」
「別にかまわないけど、あたしは」
「その時になったら考えればいよ」
「そうだね」
山あいのローカル線を二両編成の列車が走っていた。二両目の前よりの座席の向こう側で倫子が僕を見て笑っている。天真爛漫な少女のような目で僕を見つめている。全然変わってないなと僕は思った。
川沿いの古ぼけたアパートで僕は倫子とはじめて会った。その次の朝から倫子は重そうなランドセルを背負いながら気の進まない僕の手を引いて学校に向かった。僕は学校の帰り道に倫子と見た夕日を思いだしていた。夕日を受けて川がオレンジ色に染まっている。
「ねえ、ランドセルに何が入ってたの」
僕の質問に倫子はめずらしく戸惑いの表情を見せた。
「いつの話よ」
「僕が転校してきた日、倫ちゃんのランドセルがすごく重そうに思えたんだ」
「そんなのもう覚えてないよ。そんなに重そうだった」
「重そうだった」
「多分、学校で使うものは入ってなかったと思う」
「そうだよね。僕が教科書見せてあげたんだから」
「勘ちゃんの教科書いろいろ書いてあったよね」
「落書きがね」
「あたしね、あの時勘ちゃんって頭いいんだなって思った」
「落書きでも」
「落書きとは思わなかったもん」
「ねえ勘ちゃん」
「なに」
「あたしのこと、ともちゃんって呼んでくれるの勘ちゃんだけなんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます