悪人の末路
魔の国、ダンジョン。固い岩肌が、唯一の光源のランタンの灯で赤赤と照らされる。数々のモンスターが潜む場所。しかしダンジョンの一階層は比較的安全な場所だ。
ここにマーホンがいた。取り巻き二人を連れている。
「この辺りか」
取り巻きが不安そうに尋ねる。
「日が暮れますぜ。もう帰った方が」
「何言っているんだよ。ここで待ち合わせているんだ」
「誰をですか?」
マーホンはニタリと笑う。舌なめずりして答えた。
「ソフィアさ」
取り巻きの一人が思い当たり驚く。
「まさか、また人さらいですか!」
「おうよ。文句あるか」
「やべえですよ。さすがに噂が広まっているんですから。目を付けられていますよ」
「いいだろ、いつもやっていることだ。それに、ソフィアにはこの前の借りがある」
ランタンの灯の中で、マーホンの不気味な髭面が浮かぶ。取り巻き二人にとって、その笑顔はどんなモンスターよりも恐ろしい。彼のかすかな笑い声が洞窟の壁を反射する。
「ソフィアの彼氏に頼んだ。顔に二つか三つ
「じゃあ、後はいつも通り……」
「おう。ここで捕まえて奴隷商に売り飛ばすだけさ。何だったら一晩ぐらい犯してもいい」
簡単な商売だ、とマーホンはまた笑う。取り巻き二人は不安な顔を見合わせるも、結局は従うしかなかった。
その時、目の前に“白いモノ”が見えた。
「なんですか、ありゃ?」
細長いモノが建つ。地面から垂直に生えていた。三人がランタンを掲げてゆっくりと近づいていくと、それは木片だった。白い木肌を現わしている。
そこに黒っぽい文字が書かれていた。
「なんて書いてあるんですか?」
「待ってろ」
マーホンが覗き込む。取り巻き二人も彼の背中越しに眺める。
そこには信じられない言葉が並んでいた。
『ここでマーホンは死す』
あまりにも突拍子もない言葉に、マーホンは唾を吐き、取り巻きたちは笑った。
「マーホンさん! ここで死んじゃうんですか!」
「あはははは! これ、マーホンさんの“墓標”じゃないですか」
「クソが! 誰が一体……」
無遠慮な笑い声がダンジョンに響く。
その時、その墓標の後ろから、真上に、何かが飛び出た。
「あ? なん……ぐひゃあ!!!」
上を向いた取り巻き一人の顔に衝撃が走り、人の背丈ほどもある細長い刀が突き立てられる。彼の顔から背中まで貫いた。ブッシャ! と血が噴水のように飛び散る。腰が砕け膝を地面について、弓なりに体がしなった。
「は?」
「なんだよ、これ!」
冒険者としての勘が警報を鳴らす。唖然としながらも、マーホンたちはすぐに後ずさった。
だが、武器を構えられない。顔についた血を拭おうともしない。目の前で、仲間が一瞬で死んだことを受け入れられない。
「冗談、だよな……」
死んだ男のだらりと下がった手から、ランタンが滑り落ちる。中の油が零れ、彼の足元で燃え広がる。ぴくぴくと震える体からは、止めどなく血を垂れ流し、炙られるままとなっていた。人の肉と服が燃える臭いと煙が立ち上る。
その煙の中に、人間がいた。垂直に貫いた刀の柄の上に立っている。黒い服を着た小柄な男だった。
「あと二人」
彼の呟きに、ようやく二人は気を取り直して、それぞれの武器を抜いた。しかし腰が抜けてしまっている。
「お、おまえは、誰なんだよ!」
「不意打ちしやがって。きたねえぞ!」
金切り声を上げるが、男は突き刺さった刀の上で微動だにしない。薄暗いダンジョンの中で顔ははっきり見えない。
彼の異様な姿に、マーホンたちは体が震えだす。残る取り巻き一人が震える口から言葉を吐き出した。彼は思い出した。
「“影”だ」
「は? なんだって?」
「“影”だ。“影”に違いねえよ、マーホンさん! 俺たち、やっちまったんだ!」
マーホンは鼻で笑おうとした。しかし顔が強ばり、かすれた息が口から洩れる。
「ふ、ふざけたこと言うな! ダンジョンで悪さをしたら始末しに来るって奴のことか? 子供でも信じねえ、おとぎ話だろ!」
「そんなこと言ったって、こんな強い奴がいるなんて聞いたことがねえよ、そいつ以外は! マーホンさんもそう思うでしょ!」
「…………」
確かに、目の前の奴はけた違いに強い。暗いダンジョンの中とはいえ、動きが全く見えなかった。今も細い刀の上で立つなんて芸当を軽々とみせている。
それでもマーホンは強がる。こんなところで死ぬわけにはいかない。
「……不意を突かれただけだ! 俺様が本気を出せば問題ねえ!」
「それは……」
「そうだ! やるぞ!」
マーホンは声を張り上げて全身に力を込める。腰にランタンを結び付け、両腕を使えるようにする。取り巻きもそれに従った。
“影”は呪文を唱え始めた。
「く、くるぞ!」
短い呪文を唱えると、急に突風が吹いた。砂ぼこりが舞い上がり、マーホンたちは目を瞑る。
そして目を開ける頃には、男の姿も、長い刀も消えていた。地面で燃え広がっていた炎も風で消え、自分たちのランタンの光だけが頼りの、不気味な闇が広がっていく。
マーホンは正面、後ろと警戒する。自分の剣先をあちこちに向ける。
「どこだ! どこにいる!」
ふと、隣で声が聞こえないことに気が付く。
振り向く。
「ひ、ひやああああああああああああ!!」
隣の仲間の首が無かった。
「くるな! くるなあああああああああ!」
マーホンは発狂して剣を振り回す。立ったまま血を噴きだす仲間の身体を蹴飛ばし、体力が続く限り剣を振り乱す。
そして息が切れかけた時、また風が吹く。腕から重みが消える。
自分の手首から先が無くなっていた。
「ぐわあああああああああああああああ!!!」
叫びに叫び、声がかすれる。だが、そんなこと構っていられない。マーホンは泣きわめいて、地面に転がる。滝のように流れる血を止めることも出来ず、何度も手首の先を見つめる。
また風が吹いた。ランタンが壊され、火が消える。マーホンは無明の闇の中で、仲間と自分の血がたまる地面で呻くしか出来なかった。
目の前に気配を感じる。マーホンは震えながら顔を上げた。だが、何も見えなかった。血が流れ過ぎて、目が霞んできた。
それでもマーホンの本能は生きようとする。涙も小便も流し、目の前の男に泣きつく。
「悪かった! 許してくれえ……謝るからよお……もうしない! 二度としないから……」
カチャリと刀の
「別に、憎んでも恨んでもいない」
刀が振り下ろされる。きれいにマーホンの首元に入り、彼の首がポンと飛んだ。血がドバドバと流れ出る。
静まり返ったダンジョンの中で、“影”は三つの標的の死を確認しながら、呟いた。
「ただの仕事だ」
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