辺境ダンジョンの【裏】稼業

河杜隆楽

あるエルフの証言

「強い奴の条件を知っているか?」


 明日家を出る私に、兄が問いかけてきた。荷物をまとめるのに忙しい私は興味なく聞き返す。


「知らないわよ」

「昔、武芸者に聞いたんだ。それは腕が太いことでも、良い武器を持っていることでもない」


 兄は腕を組んで講釈を続ける。こっちは時間が無いのに、何が言いたいのだろう。


「それで、その条件は何?」

「興味が出てきたな。ソフィアもギルドに就職するなら、冒険者の良し悪しの見分けがつかないとな」


 相変わらず自分勝手な兄だ。私の不機嫌さに気づかない。誰かから伝え聞いただけなのに、鼻高く説教する。


「人は見た目じゃないんだ。そこに惑わされるなよ」

「さっさと言ってよ」

「焦るなよ。その条件は……」


 兄は微笑み、重要なことのように、声を落として伝える。


「足音が聞こえないのさ――」


 ――*――


 『欢迎』と現地の言葉で書かれた垂れ幕が入り口にかかる。この言葉を見るたびに、私は憂鬱だ。誰が歓迎するものか。趣味が悪いほど赤々とした建物の外観が、胃もたれしそう。

 ギルド勤めはストレスにあふれている。木材やわらで出来た建物が並び、肥溜めの臭いに包まれるこの街では、ギルドの規模も質もたかが知れている。

 私もこの街に合わせて、ガラが悪くなった。


「で・す・か・ら! この鉱石の取引金額は決まっているんです! どんなに頼まれてもダメです!」

「ふざけるんじゃねえよ! 大きな化け物と戦って、もぎ取ったんだ。それがこれっぽっちかよ!」


 手振り身振り主張する冒険者の男の唾が飛び、頬に付く。それをしかめ面で拭う私に、山深い農村にいた頃の純真さは無い。私は男の言う“はした金”を、ギルドの受付台に叩きつける。


「あなたの武勇伝など知りません! これがその鉱石の金額です」


 この鉱石はダンジョンの表層で採れる。化け物と戦ったなんて嘘だろう。同情の余地なんかない。

 脅す効果は無いと分かり、今度はびを売り始めた。


「へへへ、頼むよ。俺も生活が苦しいんだよ。なあ? 分け前が欲しいなら少しやるし、何だったら今晩……」


 バシッと、下品な男が伸ばした手を叩きはらう。人差し指を突き出して警告する。


「これ以上しつこくすると、ブラックリストに加えます。このギルドに入れないようにしますからね」

「ぐっ」


 男は少ない金をつかんで逃げていく。去り際に「冷血エルフめ」と呟いたことを、私の長い耳が聞き取る。取引拒否してやろうかしら。


「めんどくさい奴だったわね」


 と隣のレアが慰めてくれた。同じエルフ族の同僚だ。脂肪がついた白い腕で頬杖をつく彼女の前には、山のように草が積みあがる。


「そっちは大丈夫?」

「大丈夫よ。いつもの“雑草売り”さ」


 ねえ、とレアが声をかけると、草山の向こうから「はい!」と明るい声が聞こえる。秤をキリキリと動かしている。

 ああ、あの少年か。チョウね。


「それにしても、ろくな男がいないわね」


 彼女のいつものボヤキが始まった。


「またそんなこと言って、ツラいだけよ」

「あーあ、この街はダメね。早く大都市に戻りたいなあ」

「何年後の話よ」


 私たちはギルド連盟に所属している。エルフ族としては一般的な就職先だが、中身はとってもハード。上司の命令に従って各地のギルドを転々とするし、若手の私は一番ツラい受付業務だ。このつまらない辺境の街から異動できない、一職員に過ぎないのだ。

 ため息をつく私に、レアがニヤニヤとして話しかけてきた。真ん丸な頬が持ち上がる。


「どうしたのよ、ソフィア。彼氏と何かあった?」

「え?」

「ため息なんかついちゃって。ね、ね、何かあったんでしょ?」


 どんなことも恋愛にむずび付けるのが、彼女の悪い癖の一つ。私は手を振って否定する。


「そんなんじゃないわよ。彼とは順調でーす」

「“優しい優しい”彼氏くんね。ソフィアも変な男を捕まえるわよね」

「ほっといて」


 私の彼氏・シゥインは、確かに、平々凡々な現地採用のギルド職員だ。でも、大きなお世話。彼は私の唯一の癒し。ちょっと物足りないところはあるけど、良い彼氏なのだ。リアの好みとは違うけど。


「あーあ。どこかに稼ぎが良い、強い冒険者は落ちていないかなあ」

「そんな宝石みたいに」

「似たようなもんでしょ。ああ、私の王子様! お姫様はここにいますよ!」


 ふざけて手を広げるリアの二の腕がプルルンと震える。彼女の体型から、陰では『オークエルフ』と呼ばれているのは黙っておこう。

 彼女と比較して痩せ型の私は、変な男に言い寄られる日々だ。ああ、シゥインが恋しい。


「やっぱり首都に帰らないと。こんなド田舎に、私の魅力に気づく男はいないもの。ねえ」


 とリアが目の前の草山に話しかけると「へへ」と愛想笑いが返ってくる。私は肩をすくめる。


「そんなこと言って、この前はマーホンでも良いなんて言っていたじゃないの」


 その途端、リアは顔をしかめる。


「止めておいた方が良いわ」

「どうして?」

「あの男、なんだか怪しいらしいのよ…………おっと、噂をすれば」


 正面を向くと、大きな影が玄関から入ってきていた。


「よう。やって来たぜ」


 丸太のような腕を見せつけて、髭を生やした大男がやって来た。このギルドで最も名の知れた冒険者の一人・マーホンだ。痛々しい体の古傷が、彼にはくをつけている。

 彼の後ろからは、金魚のフンのように取り巻きが二人がついてくる。


「オラオラ! マーホンさんだぞ」

「オラッ、そこをどけ!」


 ギルドにいる他の冒険者たちが素早く道を開ける。情けないが、これが現実だ。

 あわれ。力無き少年に、マーホンの視線が向いた。


「どけ!」

「わっ」


 チョウが蹴飛ばされて、せっかく量っていた薬草が散らばる。なんてひどい。私は思わず声を上げる。


「ちょっと!」

「ソフィア、こんな奴どうでもいいだろう。それより、こっちを頼むぜ」


 臭い。マーホンの口から、得体のしれない悪臭が湧き出す。きっとここの現地民が好む臭豆腐でも食べたに違いない。私の父親譲りの高い鼻が、明後日の方向に向きたがる。

 私は息を吸わないようにしながら、マーホンに向かう。


「いきなり人を蹴るなんて、許される行為じゃないわ」

「うっせえんだよ、年増種族! マーホンさんに逆らうなよ」

「こいつだって、マーホンさんに蹴られて嬉しいはずさ。なあ、おい」


 床に伏せていたチョウは起き上がり、必死に首を縦に振る。痛々しい。


「ほれ見ろ。誰も怒っちゃいねえだろ」

「くっ」

「早く、俺が見つけた鉱石を鑑定しろよ」


 毛むくじゃらの大きな手からゴロリと輝く石が出る。久しぶりに見た。


「金剛石……」


 隣のリアもまじまじと見つめる。私の呟きに、ギルド中からどよめきが上がった。


「すげえ……」


 黒っぽい鉱石の間から、白い輝きが見える。磨く前とはいえ、その輝きの大きさに驚く。指輪や首飾りとなれば、さぞや美しいだろう。私も憧れる。こんな宝石を身につけられたら。


「おい。見とれてないで、早く鑑定しろ」

「は、はい」


 私はその鉱石に両手をかざし、指先に魔力を込める。ギルドに就職した時、一番最初に習う魔法だ。


「ジャッジメント」


 淡い光が鉱石を包み、金剛石がひと際輝く。中の細かい粒子の切れ目に光が浸透し、乱反射して建物中に零れていく。


「はあ……いいわねえ……」


 リアがうっとりと見とれる。マーホンとその手下がニタニタと笑う。ギルド中の冒険者や職員たちが目を見開いて「おお!」と感嘆の声を上げる。

 表情を変えないのは、私と、チョウだけだ。


(あれ?)


 違和感を覚える。成分は似ているが、予想していた結果ではない。


(もしかして……)


 自分の知識を探り、答えを導く。そして私は指先の力を弱めて、マーホンに向き直った。


「結果が出たわ」

「早く金をよこせ」


 私は金庫からお金を取り出すと、机の上に叩きつけた。その額は、先ほどの貧相な男に出した金額と同じぐらいだ。


「なんだよ、ふざけているのか? この百倍は価値があるだろう」

「マーホンさんが怒る前に、冗談は引っ込めろよ」


 下品に笑うな。私は毅然と言い放つ。


「ふざけていないわ。これは偽物よ!」


 バンッ! とマーホンが机を叩いた。


「なめたこと言ってんじゃねえぞ! これのどこが偽物だ!」

「成分はほぼ同じだわ。でも、石の配列が違う」


 一度鑑定したことがある金剛石は中の細かい結晶が均等に並び、そして結晶の角は尖っていた。配列すらも素敵だと感動したものだ。でもこれは配列が滅茶苦茶で、歪そのものだ。


「天然の鉱石じゃないわ。金剛石の屑とガラスを圧縮した人工的に作られた偽物よ」

「で、でたらめ言うんじゃねえ!」

「でたらめなのは、そっち。私を舐めないでちょうだい」


 にらみ返してやると、マーホンは汚いつばを飛ばしてきた。反射的に手で受け止める。うわっ、汚い!


「何をするのよ!」

「いい加減にしろよ。俺が怒ればどうなるか」

「ど、どうなるのよ。ほら、やって見なさい」


 こっちはあんたの二倍は長生きしているのよ。そんな脅しは通用しないわ。……と思いつつも、私の語尾は震える。暴れられたら大変な目に会う。


(どうしよう……)


 その時不意にマーホンの隣から、か細い声が上がった。


「あの、僕の薬草……」


 私とマーホンの視線が横に向く。

 チョウがいた。


「ああ?」

「僕の薬草踏んでいて……。どかしてくれると、いいなって……」


 おずおずと指さす。マーホンの左足が薬草を踏んでいた。

 マーホンはチッと舌打ちして、足をどかすどころか、グリグリと踏みつぶす。薬草の苦い匂いが香った。


「な、なにするんですか!」


 怒ったチョウがマーホンの左足に飛びかかる。


「このヤロウ!」

「うわっ!」


 マーホンが象のような左足を振り回す。チョウの身体がブンブンと振り回され、カウンターにぶつかった。

 ゴロリ。最悪なことに、マーホンが持ってきた鉱石が転がった。


「あっ」

「あ!」

「あああああああ!」


 鉱石は石造りの地面に落ちていく。カンと、妙に乾いた音を出して、鉱石は真っ二つに割れた。


「何しやがるんだ!」


 鉱石は中身がパックリと見えていた。透明色と黒色のまだら模様が見える。天然の鉱石ではこうならない。無理やり合成した証拠が、ありありと見て取れる。


「やっぱり偽物だったのね……」


 リアのため息がギルドにこだまする。私はホッとしたが


「ひっ」


 と思わず声が出た。マーホンの顔が燃えるように真っ赤になったのだ。


「てめえ! やってくれたな!」


 マーホンの太い腕が地面に転がっていたチョウの首根っこをつかむ。そしてぶん投げて、壁にぶつける。そして取り巻きと一緒になって蹴り始めた。


「この! くそったれ!」


 ガスッ! ゴスッ!

 チョウは無言のまま蹴られる。三人の男の無慈悲な暴力を耐え続け、頭を抱えて、小さな体をより小さくしている。

 私はカウンターを乗り越えて止めようとした。他の人は見ているだけ。なんてこと!


「やめて! やめてよ、ねえ!」

「うるせえ!」


 突き飛ばされて床で頭を打った。あまりに無力。痛い頭を押さえて、涙をこらえる。

 やがてマーホンの息が上がり、ようやく暴力が止まった。


「こんなもんにしてやるよ」

「うう……」


 かすかにうめき声が聞こえる。良かった。彼は生きている。それだけが救いだった。

 マーホンは唾を吐き出す。チョウに駆け寄った私に向かって、なぜだか知らないが、ニヤリと笑った。


「じゃあな、ソフィア。“また”会おう」

(二度と会うものか)


 マーホンの背中に向かって舌を出す。そしてチョウを助け起こした。体のあちこちから血を流している。


「大丈夫?」

「え、ええ……」

「馬鹿だね。マーホンは特にヤバいんだから。あんただって聞いているでしょ、人さらいの話。マーホンが関わっているって噂よ」


 人身売買。奴隷制度が数十年前に撤廃された今も、闇で横行していると聞く。関わっているだけで全員死刑なのに。


「美しいエルフは一番人気だって。おお、怖い! あたし、狙われちゃうわ」


 レアが丸い自分の肩を抱く。私はエルフらしい高い鼻を鳴らして答えた。


「フンッ。そんなのにビビッていられないわ。それに、マーホンがそんな悪いことをしているなら、“影”に消されればいいのよ」

「あらあ。そっちのおとぎ話は信じるんだ」

「いいじゃないの」

「あの」


 チョウはゆっくりと立ち上がった。ふらつく足で、私に頭を下げる。彼の血のしずくが床に落ちた。


「ありがとうございます。大丈夫ですから」

「でも」

「“雑草売り”だって冒険者の端くれだよ。この世界の非情さは知っているさ。ほら、せめてもの餞別だよ。早くこの街を出てった方が良い」


 レアがいつもより多めに薬草の代金を渡した。踏まれた薬草は使い物にならないのに。レアのこういうぶっきらぼうな愛情が好きだ。


「ありがとうございます……」


 チョウは自分の荷物を担ぐと、何度も頭をこちらに向かって下げながら、ギルドを出ていった。


「大丈夫かしら、チョウ」

「“チョウ”? ああ、“雑草売り”の名前ね。良く覚えるわね」

「ええ……」


 彼の名前は以前から記憶にある。“兄の助言”を思い出すのだ。そう、彼は初めから


(足音が聞こえないのだから――)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る