第5話―小さなメモリーアルバム―

夏が終わり秋の到来。

高校生として初の夏休みは勉強と読書で徒然とぜんをまぎわらすような生活を

していた。

未来に備えて今から勉学に励んでいるのに不思議と悪い表現が、しっくりと来ていた。

始業式が終わった学校の屋上に萩川はいなかった。


「…今日は図書委員をやっているの日なのか?」


誰ともなしに呟いた。あの静寂と心地よい思い出のある図書館に入ると萩川がいた。

どうやら本を読んでいる。題名は走れメロスとあるが他にも複数の短編を集めている本だ。


(読書中か。あんな退屈な後に本を読むなんて…よほど好きなんだな)


校長の誰も要望をしていない冗長な話と生徒会長らしき人の決まり文句だらけのもの。

学校が始まったのだと慣らせるようなものだと思っているが何の意味があるかよく分からない。

にこやかな顔をして熱中する萩川に俺は羨望せんぼうに近い感情を抱く。


(…な、何って声を掛ければいい)


躊躇ためらっていると萩川は視線を上げると目が合う。

そして時が止まったかのように萩川は動かなくなる。驚いたままで、開いたままの口で。


「…こ、こんにちは萩川。いや、久しぶり…でも無く昨日…以来か」


「しどろもどろになっているよ吉良。

うん、こんにちは」


わずかに距離が近づいたと実感のある挨拶。俺は挨拶が出来たことに安堵のため息をして図書委員

の机から向かいにある机に座って愛用している参考書とノートを出して勉強を始める。


(はは、どうしてこうなるんだ。

俺と萩川は…会ったんだから談笑とかすればいいのに。

居心地よさを覚えている俺が…

おかしい)


緩やかな時間がそこにあった。

友達を作ろうと必死になって、恋人がいれば今よりも根拠がなく奔走していたことがある。

高校生デビューを上手くいきリア充と呼ばれるスクールカーストになれたものの合わなかった。

自己研鑽をする時間を悪気もなく割り込んで遊びに誘ったり、

知り合って短いのに暗黙のパーソナルエリアを破るなど。くだらない事に中身や実力よりも容姿を

傾け過ぎるのも。

俺には無秩序で気持ちの悪く、息を止めたような苦しさだった。

萩川は別だった。変な気配りや不当な怒りや好意を向けてこない。

言葉数が少ないが存在意義を肯定するようなものだった。

このままも良かったけど俺は話をしたい。腰を上げて萩川に振り返ると。


「萩川もし嫌じゃなかったら今年の夏休みを語らないか!」


「夏休み…をですか?」


文字を追うのをやめた萩川は上目遣いに小首を傾げる。


「ああ。萩川と意味もなく頻繁に遭遇した夏休みを」


「確かに意味は無かった気もするけど乱暴な言葉かな?それって。

実はねぇ、わたしも語り合いたいなぁって思っていたの」


勢いで返事をしたからか頬を赤らめている。それは、まるで告白じゃないかと俺まで羞恥心で混乱しそうだ。


「そ、そうか…同じ考えだったのか」


退屈だった夏の今までに体験してこなかった思い出を語り始める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る