第6章


すでに陽は暮れ、車窓から仙台の建ち並ぶビル群のネオンや窓明かりや照明、街灯や車のヘッドライトが光の帯をたばねて過ぎて行きます。

日曜日とあって比較的空いている車輌の、向かい合う4人がけの座席の通路側に、シーを入れた大きなネイビーブルーのキャリーケースを、いくぶん通路にはみ出すように置いて腰掛けました。

キャリーケースの網目の窓から、落ち着いた様子でおとなしくしているシーの丸い顔が覗いています。


向かいの座席には、まだ30代前半ぐらいの年齢の母親と、小学校低学年ぐらいの髪をツインテールにした女の子が座っていました。

母親は、女を忘れたような化粧のない顔に、黒く長いストレートの髪にはつやがありません。

鏡のように映る車窓の自分の顔を、じっと見つめています。

窓側に腰掛けているツインテー女の子は、本を膝に乗せて小さく可愛らしい声を発しながら読んでいました。

ジョバンニとカンパネルラという名前が聞こえて来ます。

彼女は夢中でした。


あー

「銀河鉄道の夜」を読んでいるんだ

でもこの年齢ではむずかしいのではないか?

………

さそりという世界最古の節足動物の名前も、聞こえて来ました。

そこで女の子は、声を止めて横を向き、母親を一瞥いちべつしてから耳元で小さくささやきます。


あのねママ…

………


もしかしたら、みずからのからだを燃やす蠍の火の話しに驚いたのかもしれない

………

ならばカンパネルラが、最後にザネリを助けて川の中で見えなくなってしまう場面に、どう感じてしまうのだろうか

さらに驚いて悲しんでしまうのではないか?

………


ちょうどその時、ネイビーブルーのキャリーケースの中のシーが、ガサガサと動きました。

すると女の子は、ふと大きなけがれのない瞳でおれを見つめ、隣のネイビーブルーのキャリーケースへ目を移しました。

驚いた表情のあとにニコッと微笑むと、大切な秘密を明かすかのように、ふたたび隣のママへ囁きました。


犬がいるよ

ちょっと顔が見えた

ガサガサ動いているもの


おれは微笑んで、小さくうなずいてみせました。





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