第4章


民喜たみきは、幼い頃から小説や詩を読むことに馴染んで来ました。

おとなしい性格ながら人一倍正義感が強く警察官になりましたが、しばらくして不本意な機動隊への移動を命じられました。

それでも、やはり読書好きの妻とツインテールのとても似合うひとり娘、そして優しい母親と幸せに暮らしていました。

娘が10歳の誕生日には、猫のキャラクターにデフォルメされた宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の単行本を、願いを込めて贈りました。



ある白い満月の晩、娘とお風呂に入りその美しい黒く長い髪をシャンプーしていると、突然出動命令の電話が入りました。

すぐに民喜は制服に着替えると、慌てて家を飛び出します。


朝方、もうすっかり陽が昇り白いレースのカーテン越しに届く光に満ちた食卓で、残った家族で少し遅めの朝食をっていると、ようやく蒼白な顔をした民喜がかなり疲れた様子で帰って来ました。

しかも無言のまま寝室のベッドに潜り込み、布団をかぶって震えています。

妻は夫の異変に驚きわけを尋ねましたが、民喜は何でもない、と怯えたように繰り返すばかりです。


数日後の朝、母親が仏壇の花瓶の水を交換しようと、縁側のサッシの窓から届いた陽が白い障子越しに畳を明るく照らしている仏間のふすまを開けると、息子がはりに頑丈なロープで首を吊っている姿を発見しました。

母親は、あまりのことに声も出ず腰を抜かします。

陽にまぶしい畳に、花瓶の水が昏い模様を描きます。


何度も妻は勤務先に、出動命令で召集された晩に夫がどのような任務を行ったのか問い合わせましたが、終始通常任務に過ぎないとの返答のみで、ついに詳しい実情を知ることはかないませんでした。


しかし葬儀に参列した機動隊の隊長が、目を真っ赤にしながら妻へひとこと誠に申し訳ありませんでした、と祭壇前の床に頭をこすりつけて土下座をしました。





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