刺客を狩る



 それから。

 俺たちが狩りを始めてから2時間ほどの時間が過ぎた。

 指導を受けてからというもの、レナとルウは精力的に狩りの方を続けている。

 気配の消し方についても、初めてにしては様になっているようである。


「火炎玉(ファイアーボール)!」

「氷結矢(アイスアロー)!」


 ふむ

 どうやら二人の使う魔法にも、少し変化が現れたようだな。

 ターゲットを発見次第、思考停止で魔法を使っているようでは、時間が幾らあっても足りることはない。

 ターゲットの死角を探る。

 あるいは、ターッゲットが射程範囲に入るまで息を潜めて待ち伏せる。

 どちらも単純ではあるが、無策で狩りをするよりも遥かに理に叶った戦い方である。


「悔しいです! もう少しで当てることができたのに!」

「知らなかったよ……。動く相手に魔法を当てるのが、こんなに難しいなんて……」


 もともと魔法のセンスに関しては、『それなり』のものを持っている二人だからな。

 この調子でいくと、今日中にでも成果を上げることができるかもしれない。

 さて。

 ホーンラビット狩りについては二人に任せるとして、俺の方は『別のターゲット』 の動向を探る必要がありそうだ。

 見られているな。

 少なく見積もっても敵の数は四人だ。

 好戦的なのが一人。

 やや遠目にこちらの様子を伺っているのが二人。何を企んでいるのか分からない正体不明の存在が一匹。

 それぞれ気配の消し方から言っても、戦闘を生業としたプロだと推測できる。

 どうやら敵の狙いは、俺独りに絞られているようだ。

 俺はレナとルウを戦いに巻き込まないよう、ひっそりと移動を開始する。

 異変が起きたのは、その直後のことであった。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアス!」


 ふむ。

 この独特の威嚇声は、ワイルドベアーか。

 正体不明の存在に見られていることは分かっていたのだが、まさか大型の魔物に狙われているとは気付くことができなかった。

 妙だな。

 ワイルドベアーに限らず、大型の魔物というのは、警戒心が強く、滅多なことでは人間を襲ったりはしないのである。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアス!」


 俺は敵の攻撃を避けながらも、魔法の発動を試みる。

 身体強化魔法発動――《解析眼》。

 そこで俺が使用したのは、《解析眼》と呼ばれる魔法であった。

 魔力の流れを肉眼で捉えることを可能にする《解析眼》は、限られた魔法師にしか使うことのできない高等技術であった。

 ふむ。

 やはりそうか。

 この個体は以前に遭遇したネズミと同じ、《使役魔法》にかけられて操られているようだな。

 術式の『癖』から考えても、前に俺を監視していた魔法師と同一人物の仕業と考えるのが妥当だろう。

 さて。

 問題は目の前のワイルドベアーをどうやって仕留めるかだが、これについては『慣れている』ので魔法を使うまでもないだろう。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアス!」


 いくら力が強くてもワイルドベアーの攻撃は、戦闘に最適化しているわけではない。

 その打撃には予備動作が大きく、落ち着いて行動をすれば攻撃回避することは容易である。

 ふむ。

 ワイルドベアーの拳が耳の当たりまで下がったな。

 これは敵の攻撃が飛んでくるサインである。


「…………!?」


 俺は敵の攻撃をダッキングにより回避すると、素早く前に出て背後を取ってやる。

 熊の弱点は背面だ。

 人間と比べて、極端に手足が短いクマは、背中に回ってしまえば反撃に移ることができないのである。

 さて。

 背面に回ったことだし、後はこのままワイルドベアーの首を絞め落としてやるとしよう。


「グギギ……。グギギギ……!?」


 どんなに大きな生物であろうと、脳に血液が回らなければ、生命活動を停止させることになるだろう。

 ふう。

 後はワイルドベアーを操っている魔法師を仕留めるだけであるが、これについては 既に目星をつけている。 

 本人としては《視覚誤認》の魔法で上手く隠れた気になっているのだろうが、精度が低く位置を割り出すことは容易だった。

 ワイルドベアーの首を絞め落とした次の瞬間。

 俺は木陰に隠れている男に向かって、立て続けに三発の銃弾を撃ち込んでやることにした。


「ガハッ……!?」


 森の中に男の悲鳴が響き渡る。


「マジかよ……。冗談だろ……!?」


 俺を前にした男は絶望に暮れているようであった。


「ま、待ってくれ! 殺すつもりはなかったんだ! オイラはただ、ジブール坊ちゃんの命令で仕方がなく……」


 やれやれ。

 聞いてもいないうちから、依頼人の名前を割るとは三流も良いところだな。


「へへっ、元はと言うと、オレは坊ちゃんのSPを稼ぐためのお手伝いをしていたんだ。だからよ。何も悪いことはしてねえんだ! 信じてくれよ!」


 なるほど。

 ジブールが不相応なSPを獲得できていたのには、こういうカラクリがあったわけだな。

 おそらくジブールは、用心棒として複数の『裏の魔法師』を雇用して、強引にクエストを進めていたのだろう。


「言いたいことは、それだけか?」


 まさか尋問する前から、ペラペラと情報を吐き出してくれるとは思ってもいなかった。

 これで余計な手間が省けたというものである。


「お、おい! お前、まさかオイラを殺すつもりか!? 止めておけ! 言っておくが、『貴族殺し』は大罪だぜ? こう見えてもオイラは、一つ星(シングル)の貴族よ!」


 やれやれ。

 裏の人間が星の数を喧伝するようでは、終わりというものだろう。

 だがしかし。

 男の言葉にも一理ある。

 この世界において、庶民が貴族を殺すのは重罪だ。

 可能な限り、身に降りかかるリスクを削減しておくのが利口な立ち回りというものなのかもしれない。


「そうだな。今日のところはお前の言葉に従うとしようか」

「ほ、本当か……!?」

「ああ。お前のことは、『別のやつ』に裁いてもらうことにするよ」


 そこで俺は森の中に落ちていた植物の蔓を拾うことにした。

 付与魔法発動――《耐性強化》。

 単なる植物の蔓と言っても魔法で強化すれば、それなりの強度を持つようになる。

 少なくとも手負いの状態のこの男では、簡単に振り解くことはできないだろう。


「……はい?」


 俺は男の手足を縛ると、木の上に吊るし上げてやることにした。


「お、お前……。一体何を……」


 男が使った使役魔法は、既に俺の魔法によって解除済みの状態である。

 後は気絶状態から目を覚ましたワイルドベアーが、男の処遇を決めてくれるに違いない。


「ま、待ってくれよ! な、何が望みだ?」


 俺の考えていたことを察したのだろう。

 表情を蒼白にした刺客の男は、必死の形相で命乞いを始めたようであった。


「カネか? 女か? 欲しいものは全部くれてやる! だからよ、命だけは助けてくれよ!」

「…………」


 欲しいもの、か。

 言われてみれば、あまり深く考えたことがなかったな。

 この学園に入学するまでの間、俺は常に生死のかかった戦場に駆り出されていたのである。

 命以外のものに執着するのは、恵まれた人間にのみ許されたことだろう。

 

「強いて言うならば、平穏な学園生活と言ったところかな」


 無論、そのためには目の前の男は不要な存在である。

 クルリと踵を返した俺は、そのまま刺客の男の前から立ち去ることにした。


「ま、待て……。だ、誰か助け……。グワァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 それから暫くすると、男の叫び声が森の中に木霊するのだった。


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