狩りのコツ
でだ。
森に入った俺は、ホーンラビット討伐の任務を行うために周囲の探索を行うことにした。
流石に王都から、魔導列車で移動しただけのことはある。
森の中には、微弱ながらも数多くの魔物の気配を感じることができた。
「ルウ! 獲物がそっちに逃げましたよ!」
「了解! 任せて!」
ふむ。
どうやらレナとルウも、それぞれ狩りを開始したようだな。
早くも獲物を発見した2人は、思い思いに魔法の構築を始めているようであった。
「氷結矢(アイスアロー)!」
ルウの放った氷の矢は、十メートルほどホーンラビットを目掛けて飛んでいく。
だがしかし。
ルウの攻撃を嘲笑うようにして、ホーンラビットは余裕で回避していた。
「氷結矢(アイスアロー)! 氷結矢(アイスアロー)!」
「火炎玉(ファイアーボール)! 火炎玉(ファイアーボール)!」
立て続けに魔法を撃ち続ける二人であったが、何度やっても結果は同じことであった。
体長五十センチに満たない小さな体を活かして、森の中を動き回るホーンラビットを仕留めるのは至難の技だ。
「ダメです……。まったく当たる気がしません……」
「こっちも全然。何かコツがあるのかなぁ……」
この課題の難易度に気付いたようだな。
野生のモンスターは、人間が思っているよりも、ずっと機敏に動くことが可能なのだ。
得意の魔法をホーンラビットに避けられ続けた二人は、早くも落ち込んでいるようであった。
「あの、アルスくん……。そっちはどうなって……」
俺の様子を覗きに来たレナは、そこで咄嗟に足を止めることになる。
「ええええええっ!? も、もうこんなに沢山!?」
沢山、と言っても、まだ七匹目を仕留めたばかりなのだけどな。
俺の足元に並んだホーンラビットを前にしたレナは、目を見開いて驚いているようであった。
「凄いよ! アルスくん! どうやって倒したの!?」
ふむ。
ちょうどルウも到着したようなので、タネ明かしをしておくことにしようか。
今回の授業は、二人から引き受けているコーチの仕事にも利用できるかもしれない。
「まず、質問しよう。二人は狩りの時、何を考えていた?」
「うーん。一匹でも多く倒して、SPを稼いでやります! でしょうか」
「ウサギさん待って! 逃げないでー! かな」
「…………」
呑気な奴らだ。
だが、どうして二人の狩りが成功しないのか理由がハッキリとしたな。
「その前提がまず間違っているんだよ。狩りの時に肝心なのは、『狩られる側の立場』になって考えることだ」
「駆られる側の……?」
「立場……?」
未だに釈然としない二人に対して、より具体的な事例を突き付けてやる。
「自分に置き換えて考えたらどうだ? お前らだって、殺してやる! と、考えているやつに追いかけ回されたら、どういう気分になる?」
「そ、それは困りますね……!」
「たしかに……! 逃げたくなるかも……!」
野生の生物の場合、この『殺気に対するセンサー』というのが、人間の比にならないレベルで強く発達している。
悪意を持って近づけば、警戒心を持たれることは必須である。
「今のお前たちに必要なのは、殺気を消す技術。ターゲットの立場になり、物事を考える思考力。まあ、こんなところか」
ホーンラビット程度を倒す魔法力であれば、現在の2人も十分に体得しているはずである。
「そうは言っても……」
「やっぱり難しいよ。狩られる側の気持ちなんて……」
ふむ。
どうやら二人に必要なのは、言葉より、手本となる動きを見せてやることのようだな。
ちょうどタイミングも良く、近くにホーンラビットがいるようだ。
狩りの手本を見せるには、おあつらえ向きの相手である。
「今から俺がやることをよく見ていると良い。参考になると思うぞ」
そう前置きをした俺は、対外に自然放出される魔力の流れを断ち切ってやることにした。
「こ、これは……!?」
「アルスくんの雰囲気が変わった……!?」
もう気付いたのか。
この二人、魔力に対する勘は悪くないようだな。
魔力というものは、魔法を使用する以外にも、生きているだけで微妙ずつ消耗されていくものなのだ。
この自然放出を意図的に絶つことで、『気配』を消すのは暗殺術の初歩の初歩だな。
「狩りの下準備は、ここからが本番だぞ」
ここから先は、ありとあらゆるものを消していく作業だ。
足音を消し、息遣いを消し、全身の力みを消して、最終的には心臓の鼓動までも消していく。
さて。
こんなものかな。
最低限、生命機能を維持するのに必要なもの以外を削ぎ落していくと、人間の気配というのは、途端に曖昧なものになっていくのである。
「ほら。慣れれば、こんな風に素手でも簡単に捕まえることができるぞ?」
「「…………!?」」
もっとも流石に素手で仕留めるレベルの技術は、裏世界の中でも体得している人間は少ないのだけどな。
「キュピッ……!?」
俺に首根っこ掴まれたホーンラビットが『何が何だか分からない』という感じで呆然としているようであった。
ふむ。
どうやらこの個体は、産気づいているメスのようだな。
個体数の維持のためにも、今回は逃がしてやることにしよう。
「えっ! い、今のどうやったのですか!?」
「信じられない。今のアルス君の動き……!? まるで気配を感じられなかった……!?」
俺の動作を目にした二人は、口々にそんなコメントを残していた。
まあ、今の二人にこのレベルを求めているわけではない。
不慣れな人間が無理に心臓の鼓動を止めてしまうと、危険極まりだろうからな。
あくまで見本として提示したまでである。
「三匹だ。まずは、三匹のホーンラビットを仕留めてみろ。それが俺から与える新しい課題だ」
何時までも訓練室で的を相手にしていては、実戦で最も重要な『思考力』を培うことができないからな。
今回の訓練は、今まで教えた魔法を活かすのにまたとない機会となりそうだ。
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