明暗分かれる



「火炎玉」「風列刃」



 それから。


 何はともあれ『月例試験』はスタートした。


 学生番号の順番に従って、魔法を構築していく。


 流石に入学試験の時と違って『的』に命中しないというケースは、激減しているようである。


 魔法の威力そのものは、なんともコメントに困るレベルなのだけどな。



 点数の方は、18点、5点、7点、20点、9点、11点、16点と続いていく。



 クラスメイトたちの大まかな実力が分かってきた。


 今までのトータルスコアを統計すると、5点から20点の間で推移しているようである。



「次、学生番号2181番、アルス」



 そうこうしているうちに俺の出番が回ってきたみたいだ。


 さてさて。


 どうしたものか。


 単に目立たないということを主眼に置くのであれば、俺も20点以内のスコアに収めておくべきなのだろう。


 だがしかし。


 この試験の結果は進級に関わるSPが付与されることになっているのだ。


 露骨に手を抜いて、進級の危機に瀕してしまうのは、本末転倒というものだろう。


 悩んだ挙句に俺は、『ほどほどに加減した魔法』を使ってみることにした。



「火炎玉(ファイアーボール)」



 俺が構築したのは他の生徒たちが、構築しているのと同じ基本魔法である火炎玉である。


 ふむ。


 まあ、こんなものだろう。


 俺の構築した火炎玉は、的に命中すると小規模な爆発を引き起こすことになる。



「「「おおおおおおお!」」」



 俺の点数が上がった瞬間、生徒たちの騒めき声が上がった。


 どれどれ。


 スコアは『185点』か。


 これでも相当、加減をしたつもりだったのだけどな。


 予想外に注目を浴びることになってしまった。


 初めて受ける試験だったので、細かい点数の調整が効かないのは仕方がないだろう。



「おいおい。なんだよ。あの庶民……」


「マジかよ……。単純計算でオレたちの10倍以上、強いっていうことなのか……!?」



 10倍か。


 随分と俺も過少評価されたものだな。


 だが、今回の試験で今後の指針を得たな。


 これから同様の試験を受ける際は、他の生徒と比較をして、概ね10倍くらいの実力を持った人間として振舞っていくことにしよう。



「次、学生番号2182番、ルウ」



 俺に続いて試験を受けることになったのはルウであった。


 白線の上に立ったルウが一呼吸の間の後、魔法陣の構築を開始する。



「氷結矢(アイスアロー)」



 ルウの使用したのは、水属性の基本魔法である氷結矢だ。


 しかし、その力強さは、以前に見た時とは見違えるように成長していた。



「「「おおおおおおお!」」」



 ルウの魔法を前にした生徒たちの間に、本日2回目となる騒めき声が上がった。


 表示された数字は『102点』か。


 ふむ。ルウの奴も、3桁の大台に突入したようだな。


 今回の試験は、単純に魔力量が多い人間が有利だからな。


 微力ながらも、訓練の成果が活きたのだろう。



「やった! やったよ! アルスくん!」



 予想を超える結果が出たことが嬉しかったのだろう。


 点数を聞いたルウは、子犬にように俺の傍に駆け寄ってくる。



「これも全部、アルスくんのコーチのおかげだね」



 ルウの奴はこう言っているが、実際のところは本人の頑張りによるところが大きい。


 裏の世界に伝わる鍛錬法である『魔力移し』は、確かに鍛錬のショートカットをさせる効果があるが、それだけでは強くなれないケースも多いのだ。


 結局のところ、強くなれるかは、本人の素質と努力にかかっているのである。



「クソッ……。どうして庶民なんかにルウさんが……!」


「まったくだ……。あんな薄汚い男の何処が良いんだよ……」



 男子たちからの嫉妬の視線が痛い。


 最初は|一つ星(シングル)ということで、色眼鏡で見られることが多いルウであったが、ここ最近は評価を急上昇させていた。


 容姿が整っているという部分については言わずもがな。


 性格に関しても人当たりが良く、(腹黒いという部分を除けば)特に欠点らしい欠点が見つからないからな。


 男子からの人気が出るのは時間の問題だったのだろう。



「クソッ……! クソクソクソッ……! どうして|三つ星(トリプル)のボクが庶民に勝てないんだ……!」



 クラスの男子たちの中でも一際、異彩を放つ眼差しで俺を睨んでいたのは、入学試験の時から何かと縁のあるデルクであった。


 デルクの成績は、ええと、『23点』か。


 最初は単なるポンコツ貴族だと思っていたのだが、20点を超えているあたり、相対的には優秀な生徒だったのかもしれない。



「次、学生番号2183番、レナ」



 む。最後になって、気になる生徒が現れたようだ。


 朝の教室では『秘策がある』と自信に満ちた様子だったからな。


 この二週間の間に、どれだけ腕を上げたのか? お手並み拝見である。



「火炎連弾(バーニングブレット)」



 レナの構築した魔法は、火属性中級魔法の(バーニングブレット)であった。


 なるほど。


 レナが言っていた『秘策』とはコレのことだったのか。


 基本魔法である《火炎弾》に《威力上昇》の追加構文を施した《火炎連弾》は、魔法師同士の戦いで用いられることの多い高性能の魔法であった。


 だが、無理に難易度の高い魔法を使ったせいだろう。


 レナの構築した《火炎連弾》には、本来の威力がなく不発に終わることになった。



「学生番号2182番、レナ、32点」


「…………ッ!」



 俺の見立てによると、入学時点での2人の実力は、概ね互角か、少しだけルウが上回る程度のものであった。


 だがしかし。


 少なくとも今回の『月例試験』においては、2人の実力差は3倍にまで広がってしまったようだな。



「クッ……。どうして……」



 点数報告を受けたレナは、目を潤ませて悔しそうに拳を握りしめる。


 失敗の理由は明らかだ。


 技術、魔力量、そのどちらを取ってもレナは中級魔法を扱えるレベルに至っていない。


 無理をして背伸びをした結果、不当にスコアを落とすことになったのだろう。



「レナ」



 幼馴染の失敗を案じたルウは、ゆっくりとレナの元にゆっくりと近づいていく。



「ねえ。やっぱりこれからは一緒にアルスくんにコーチをしてもらおうよ」


「…………」



 ルウの問いかけにもかかわらず、レナは無言だった。



「私の点数が伸びたのも全部アルスくんのおかげなんだ。レナもアルスくんに見てもらった方が絶対に上手く行く……」


「うるさいです!」



 次の瞬間、俺にとっても少し予想外のことが起こった。


 あろうことかレナは、差し伸べてきたルウの手を強く払ったのである。



「少し差が開いたからって、良い気にならないで下さい! ワタシは、ワタシのやり方で強くなって見せますから!」


「…………」



 レナに叱咤されたルウは、悲しみと戸惑いが入り混じった表情を浮かべる。


 やれやれ。


 何やら面倒なことになりそうだな。


 どうやら俺がルウのコーチを引き受けることによって、2人の関係が悪い方向に進んでしまったらしい。


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