禁断症状
でだ。
気まぐれで俺がルウのコーチを引き受けることになってから、3日の時が過ぎた。
そうは言っても俺のすることは1日1回、彼女に魔力を分け与えるだけなんだけどな。
授業が終わって昼休みになった。
鐘の音が響くのと同時に俺が向かったのは、学園地下にある食堂である。
おお……。
今日の日替わりメニューは、マーボー豆腐定食、か。
聞いたことのない料理名だな。
貴族の間で食されている料理だろうか?
豆腐、というのは分かる。
東の島国を発祥とする、水にひたした大豆を砕いた汁を絞って、『にがり』で固めた食品のことだろう。
だが、マーボーという部分に関しては謎である。
気になるな。
今日も貴族の食事の相伴に預かることにしよう。
「ねえ。アルスくん。ちょっといいかな」
学食の看板に目を通していると、何やら恥ずかしそうに視線を伏せているルウに声をかけられる。
「すまん。今は急いでいるんだ。後にしてくれるか」
既に俺が頼もうとしている日替わりメニューは、長蛇の列が形成されていた。
一刻も早く並びに行かなければ。
常設されている定番メニューと違って、日替わりメニューの場合は売り切れる可能性があるのだ。
「いいから早く! 緊急事態なの!」
今日のルウは何時にも増して強引であった。
力一杯、俺の手を引いたルウは、食堂を出て廊下を歩き始める。
「おいおい……」
これは一体どういうことだろう。
あろうことかルウが向かった場所は,男子トイレの中であった。
あまり穏やかではないな。
学園地下の男子トイレは比較的、人気(ひとけ)が少ないとはいえ、一歩間違えれば、大きな問題に発展しかねないだろう。
「なあ! 今、女の子が男子トイレに入らなかったか!」
「はあ? 何を言っているんだ。そんなことあるはずないだろう?」
「本当だって! オレ、マジで見たんだからさ!」
案の定、近くを通りかかった男子生徒に見られてしまったようである。
ガチリッ。
俺を個室の中に連れ込んだルウが、内側からカギをかける。
そして間髪入れずに俺の唇を求めてくる。
10秒ほど継続して口付けを交わしていただろうか。
魔力を与えることで、落ち着きを取り戻したのだろうか。
妙に色っぽい表情を浮かべたルウは、ようやく状況を説明してくれる。
「ねえ……。これはどういうことなの……!? アルスくんのが、欲しくて欲しくて、堪らないみたいなの!」
「…………!?」
その時、俺はルウの身に起きている異変について大まかに理解した。
「落ち着け。今のお前は魔力の飢餓状態に陥っているだけだ」
「飢餓状態……?」
「そうだ。慌てなくても良い。今のお前の症状は、何もせずとも半日も経てば治るものだからな」
現在のルウの体は、俺の魔力によって、強制的に体内の『魔力線』が拡張された状態になっている。
だが、外部から取り込まれた魔力というのは、何時までも内側に留まっているものではない。
俺の与えた魔力が自然消滅すれば、『魔力の飢餓状態』を患うことがあるのだ。
もっともこの『飢餓状態』は、そう長く続くものではない。
無理やり拡張していた魔力線は時間が経てば、自然な状態に戻ることになる。
このまま放置をしていても、半日以内に症状が緩和されるようになるだろう。
「今ここで『魔力移し』をしても症状は治まる。この繰り返しで、徐々に魔力線は拡張して強くなっていくんだ。だから何も心配する必要はない」
「うん……」
俺の説明を聞いて、安心したからだろうか。
頬を赤く染めたルウは、更に積極的に俺の唇を求めてくる。
それにしても、こんなに早く枯渇症状が出るとは想定外だったな。
既に十二分に魔力は与えているつもりだった。
もしかしたらルウの中の魔力のキャパシティは、俺が思っていたよりも広いものだったのかもしれない。
ドタドタドタッ。
その時、何やら物々しい足音が近づいてくるのが分かった。
何者かが男子トイレの中に入ってきたようだ。
「おい。ルウ。誰かが近づいて来ている。一旦ストップだ」
「…………」
ダメだコイツ。
まるで聞いていないようだ。
一心不乱に魔力を欲するルウは、人目を憚ることなく情熱的なキスを続けていた。
「ほら見たことか。やっぱり女子なんて何処にもいないじゃねーか」
「いや。まだ分からねーぜ。個室を調べて行こう!」
やれやれ。
ここで大人しく引き返してくれれば助かったのだが、随分と好奇心旺盛な男たちがいたものだな。
仕方がない。
こうなった以上、乗りかかった船である。
幻惑魔法発動――《視覚誤認》。
そこで俺が使用したのは、《視覚誤認》の魔法であった。
所謂『人払い』のために用いられることの多いこの魔法は、周囲の人間に錯覚を与えることのできるものである。
だがしかし。
即興で作った《視覚誤認》の魔法など子供騙しも良いところである。
少しでも魔法の心得がある人間であれば、簡単に看過することができるだろう。
「あれ……。マジで誰もいないぞ」
「だろ? やっぱりお前の見間違いだって」
ふう。
ひとまず今回は、やり過ごすことができたみたいだな。
次回からは、学園の何処でも無理なく使えるよう、人払いの魔法を改良しておくとしよう。
「アルスくん……。アルスくん……」
俺の名前を呼びながらもルウは、貪欲に魔力を求めてくる。
やれやれ。
この女、人の気も知らないで良い気なものである。
俺は周囲にバレるかもしれないというリスクを背負いながら、ルウの中に魔力を送り続けるのだった。
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