強くなりたい2人



 それから翌日のこと。


 授業を終えた俺は『ある人物』の呼び出しにより、学園の屋上を訪れていた。


 何故だろう。

 

 凄く嫌な予感がする。


 屋上の扉を開けるとそこにいたのは、運動着に着替えたルウ&レナの姿であった。

 


「というわけでアルスくん。今日から私たちのコーチをお願いします」



 一部の隙もない美少女スマイルでルウは言った。



「すまん。何が『というわけで』なのか分からないのだが」


「前にアルスくん、言っていたよね? 私たちの実力だとクエストを受けるのは危険だって。だったら、アルスくんの力で、私たちを強化してくれるのが一番じゃないかな」



 理屈としては分かるのだが、釈然としない。


 この提案には致命的な欠点がある。


 コーチを引き受ける俺の側に、何もメリットが存在していないのだ。



「悪いが、他を当たってくれないか? 生憎と俺は何かと忙しい身の上なのでな」


「まあまあ。そう言わずに。これは、アルスくんにとっても悪い話じゃないんだよ?」


「どういうことだ?」


「ウチの学園では、この先、パーティー単位で受ける試験も沢山あるみたいなの。だから、私たちを鍛えておくことが、将来的にアルスくんの役に立つこともあると思うよ」


「…………」



 なるほど。


 この話が真実であれば、僅かにではあるが俺にとっても2人を鍛えるメリットがあるというわけか。


 ソロでの活動に限界がある以上、クラスメイトと協力し合うのも1つの選択肢なのかもしれない。



「お願いだよ! アルスくん! 人助けだと思って!」


 

 はあ。


 まったく、厄介な女と出会ってしまったものだな。


 ここで依頼を断ることは簡単であるが、あまりルウの心象を悪くするのは考え物だ。


 何といっても彼女には、俺の仕事の一部始終を見られてしまったわけだからな。


 コイツ等が飽きるまで適当に付き合ってやる方が良いのかもしれない。



「分かった。そこまで言うのなら協力してやらないこともない」



 彼女たちが俺の思惑通りに動いてくれるのであれば、今後のクエストに協力してもらう。早々に根を上げるようであれば、キッパリと関係を断つことができる。


 考え方によっては、どちらに転んでも俺にとってもメリットのある提案なのかもしれない。



「本当!?」


「ああ。ただし、生憎と俺は他人にものを教えるのが苦手でな。少々『乱暴な方法』を取ることになるが、それでも構わないか?」



 面倒ではあるが、仕方があるまい。


 昨晩、仕事中の姿を見られてしまったことが、俺にとって運の尽きだったと考えることにしよう。

 


「もちろん。コーチの指示には絶対に従うつもりだよ」


「そっちの女もそれでいいな?」


「ワタシはまだ貴方のことを認めたわけではありません。トレーニングの内容次第では、この話も降りさせてもらいますから」



 ふう。


 この調子だとルウはともかくレナの方は、早々にリタイアすることになりそうだな。


 まあ、俺としては降りてくれた方が好都合なので、何も異論はないわけだが。



「それではさっそくトレーニングを開始する。と言っても初日にすることは『コレ』しかないんだけどな」



 覚悟を決めた俺は、ルウの唇を塞いだ。



「~~~~ッ!?」



 ふう。


 どうやらこの女、キスには慣れていないようだな。


 普段は大人ぶってはいるが、生娘であることを隠し切れていない。



「ちょっ……! あ、あ、あ……! 貴方、何をしているのですかぁ!?」



 レナに至っては、ルウ以上に取り乱しているようである。


 自分は何もされていないのに、当事者よりも取り乱しているようでは、先が思いやられるな。


 裏の世界では定番のトレーニング方法なのだが、表の人間にとっては驚きが大きいのかもしれない。



「ア、アルスくん……。一体何を……?」


「直に分かる。初めは戸惑うかもしれないが、我慢しろ。手っ取り早く強くなるには、これ以上に効率的な方法は存在しないからな」


「んっ……。な、なにこれ……!?」


 

 さっそく効果が表れ始めたようだな。


 俺の魔力を体内に送り込まれたルウは、腰が抜けたかのようにその場に尻餅を突くことになる。



「体が熱い……! アルスくん……。私に一体何をしたの……!?」


「安心しろ。俺の魔力を分け与えただけだ」



 俺の魔力の一部を取り込んだことで、体内の温度が上がってきたのだろう


 ルウの頬は上気して、息遣いは荒いものになっていた。



「最初のトレーニングだ。これから俺の魔力を使って、お前たちの魔力を拡張していく」


「魔力の拡張……?」


「そうだ。体内の魔力量を底上げするには、外部から取り込んでいくのが最も効率的な方法だからな」



 裏の世界では俗に『魔力移し』と呼ばれている鍛錬法である。


 懐かしいな。


 最初に俺がコレを経験したのは5歳の頃だった。


 俺は当時10代だったマリアナに『魔力移し』をしてもらうことによって、鍛錬のショートカットに成功したのである。


 ちなみに同性の間でも効果があるらしいのだが、親父は頑なに俺に『魔力移し』をする役目を拒んでいた。


 親父曰く。


 何でも『魔力移し』は、異性同士で行った方が各段に効率が上がるらしい。


 この情報については、どの程度の信憑性があるか不明ではあるのだけどな。



「し、信じられません! そんな方法で強くなれるなんて聞いたことがないです!」


「当然だ。この方法は未熟な魔法師に教われば、命を落とすこともある危険なものだからな」



 相手がどれだけの魔力負荷に耐えられるかを見極めて、常に適量の魔力を付与していくのは、それなりに技量のいる作業になる。


 この方法が表の世界に広まれば、事故が多発することになるだろう。


 原理としては筋力トレーニングに近いものがある。


 負荷が弱すぎれば効果はなく、強すぎれば体内の魔力糸が破裂して、重症を負うことになるのだ。



「凄い……。これがアルスくんの魔力なんだ……!」



 ふむ。これは驚いたな。


 もう立ち上がることができるのか。


 最初なので相当加減をしたつもりではいたのだが、これだけ早く順応するとは予想外だった。


 つまり俺の与えた負荷が彼女にとっては、物足りないものだったということだろう。


 案外、この女は見込みがあるのかもしれないな。



「ルウ。やはり帰りましょう。トレーニングを言い訳にキスするなんて……。この男は、やはり普通ではありません。完全に異常者です!」


「ううん。私は続ける」


「ルウ……」


「たった今、確信をした。アルスくんはやっぱり凄い人なんだって。この人に付いていけば絶対に強くなれるって」


「そうですか……。分かりました……」



 短く呟いたレナは、赤色のツインテールを翻して屋上を後にする。


 強がってはいるが、その瞳の奥からは強い悲しみの感情が垣間見えた。



「……良かったのか?」


「いいの。私もレナも目的は同じだから。私が結果を出せば、きっとレナも考えを改めてくれると思う」



 さてさて。


 果たしてそんなに上手くいくものなのだろうか。


 俺の鍛錬を受けることに決めたルウと、独りで鍛えることを選んだレナ。


 二人の少女の道は、この瞬間から違えたものになっていくのだった。


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