クラスメイトはバーテンダー



「サッジ。悪いが、少し席を外してもらえるか?」


「え? いいんスか。アニキ。これからお待ちかねの尋問タイム……」


「いいから早く行け」


「は、はいー!」



 殺気の籠った視線を向けると、サッジは顔色を青くして退散していく。



「驚いたな。まさかアルスくんに、こんな秘密があったなんて」



 バーテンダーの衣装に身を包んだルウは、俺に向かって疑惑の眼差しを向けていた。


 不覚。


 まさかウチの学園の生徒が、こんな場所でアルバイトをしていたとは誤算だった。


 とんだ非行少女がいたものである。


 このカジノはパラケノスの中でも、取り分け治安が悪く、表の世界の住人は、まず寄り付かない場所なのだ。


 間違っても、王立魔法学園に通うような良家の子息が、出入りするような店ではないと踏んでいたのだけどな。



「さて。なんのことかな」


「ううん。とぼけなくてもいいよ。さっきの感じでアルスくんが、何をしているのか大体分かっちゃったから」


「…………」



 さてさて。


 どうしたものか。


 俺がパラケノスの治安維持のために活動する魔法師ギルド《ネームレス》の人間だということは、学内の人間には知られたくなかった情報であった。


 別に知られたからといって死ぬわけではないが、後々のことを考えると余計なリスクを背負うことになりそうだ。



「アルスくんは、護衛クエストを受けている最中なんだよね?」


「ん……?」


「あれ? 違ったの? てっきりSP(スクールポイント)目当てで、仕事をしていると思ていたんだけど」



 そうか。


 どうやら俺の心配は、完全に杞憂だったらしい。


 暗殺仕事の最中の俺は、死運鳥の象徴である『鳥の仮面』を身に着けて、素顔を隠して行動しているのだ。


 今の俺の姿を見て《ネームレス》の存在を嗅ぎ取れる人間など、いるはずがないのだろう。



「いや。その認識で間違いがないぞ」



 言われてみれば、学園が用意していたクエストの中には、幾つか店の用心棒を務めるクエストが用意されていたような気がする。


 真偽の程はともかく、今はルウの言葉に合わせておいた方が良さそうだな。



「アルスくんはやっぱり凄いよ! 護衛クエストって、応募倍率がもの凄く高いって聞いたよ! どうやって受かったの!?」


「…………」



 やれやれ。


 窮地を切り抜けられたのは良かったが、益々と面倒なことになってしまったな。


 俺は適当に言葉を選んで、ルウの質問に答えていくのだった。



 ~~~~~~~~~~~~



 それから。


 俺はルウの勧めにより、彼女が働いているバーで時間を潰してみることにした。



『いやー。アニキも隅に置けないッスね。可愛い子じゃないですか。いいッスよ。後の仕事はオレに任せて下さいッス!』



 それというのもサッジが妙な気の利かせ方をして、残りの仕事を片付けると言い始めたからである。


 まあ、奴もそろそろ裏の魔法師として独り立ちをするべき時期だからな。


 ここは素直に任せてみることにしよう。



「ふふふ。まさかクラスメイトに遭うなんて思ってもみなかったよ」



 正直、クラスメイトと深く関わるのには抵抗があるのだが、この場で出会ってしまった以上は仕方があるまい。


 俺について余計な情報を吹聴されないように、それとなく釘を刺しておくべきだろう。



「驚いたのは俺も同じだ。まさか暗黒都市(ここ)で同級生に遭遇するとはな」



 それぞれ隣り合っている《王都ミズガルド》と《暗黒都市パラケノス》であるが、その性質は真逆と言って良い。


 特に夜のパラケノスは非常に治安が悪く、若い女が独りで出歩くのは相当な危険を伴うことになる。



「この店だけじゃないけどね。全部で7つくらいかな。掛け持ちをして働いているよ」



 サラリと凄いことを言い始めたぞ。この女。



「聞いても良いか。どうして貴族であるお前が、アルバイトをしているんだ?」


「そこはまあ、家庭の事情かな。ウチの家はあまり裕福じゃないし。自分の生活費くらいは自分で稼がないとダメかと思って」



 なるほど。


 どうやら俺は1つ、思い違いをしていたようだ。


 今まで俺は、貴族の家に生まれた人間は、何不自由のない生活を約束されたものだと考えていた。


 だが、実際は違った。

 

 |一つ星(シングル)ともなると、庶民の暮らしとそう変わらない場合もあるのだな。



「ねえ。アルスくん。せっかくウチの店に来たんだから、何か注文して行ってよ」


「そうだな。では、ホットミルクを1つもらおうか」


「……えっ。カクテルはいいの?」


「当然だ。俺たちは未成年だからな」


「ふふふ。そうだね。私たちは未成年だったね。残念。アルスくんには格好良くシェイカーを振るう姿を見て欲しかったのだけどなあ」



 前々から思っていたのだが、このルウとかいう女は腹黒い一面があるようだ。


 相方のレナは直情的で扱いやすそうな性格をしているのに対して、コイツの方はそれなりに手強そうである。



「ねえ。私のことは話したんだから。今度はアルスくんのことを教えてよ」


「ふむ。この店のホットミルクは絶品だな。もう一杯、頂こうか」


「今、露骨に話題を逸らしているでしょ?」



 こうして、お互いの腹を探り合っているうちに、着々と夜は更けていくのだった。

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