カジノの事件
授業が終わって放課後。
その日、俺は後輩であるサッジを引き連れて、暗黒都市パラケノスのカジノを訪れていた。
今日の仕事は、最近巷で流行しているドラッグ、DD(ディーツー)の取り締まりである。
俺たち《ネームレス》の仕事は、暗殺仕事だけには留まらない。
モンスターの討伐から要人の警護、場合によっては探偵仕事まで様々であった。
「レイズ」
「クッ……。コールだ」
賭け額が決まり、カードが開示される。
俺の作ったフォーカードは、対戦相手のフルハウスを見事に打ち破ることになった。
「クソッ! 何故だ……。不夜の街の『ポーカー王』と呼ばれたワシが、何故こんなガキに……!」
俺に毟られた恰幅の良い男は、ドンと手を叩きつけて、そのままテーブルの上に顔を伏せる。
ポーカーとは突き詰めると、互いの観察眼を競い合うゲームである。
五歳の時から裏の世界で生き抜いてきた俺が、堅気の人間に観察力で劣るはずがないだろう。
「おいおい! なんだよ。あの黒髪!」
「よく見るとまだ年端もいかねえガキじゃねえか!」
俺が勝利を重ねると、ギャラリーたちが続々にテーブルに集まっていた。
勝負はこの辺で切り上げておくか。
一般客に溶け込むために戯れで始めたゲームであったが、これ以上の注目を集めてしまうと仕事に影響が出る可能性がある。
儲けた金は、今後の学費の足しにでもさせてもらうことにしよう。
「流石はアニキ! 連戦連勝ッスね~!」
勝負の場から離脱をして、一息を吐こうとすると不肖の後輩、サッジが俺の傍に駆け寄ってくる。
「そっちの様子はどうなっている?」
「今のところは特に異常なしッス。相変わらずコソコソと、独り酒を決め込んでいますわ」
俺たちが何をやっているのかというと、この店で行われている麻薬取引の現場を押さえるための張り込みであった。
ターゲットの男は、1時間ほど前からカジノに内設されたバーのカウンターで待機していた。
後は麻薬取引の証拠を押さえ次第、俺たちが動くという寸法である。
「アニキ……! やっこさんが、動き始めましたぜ……!」
おそらく取引相手の姿を確認したのだろう。
ターゲットの男は席を立って、黒服の男2人組を隣の席に招き入れているようであった。
その時、俺は黒色のスーツケースを受け渡される瞬間を見逃さなかった。
俺は取引現場を押さえるべく、身体強化魔法を使って、ターゲットの前に接近する。
「――動くな。そのケースの中身を開けてもらおうか」
銃を突きつけ、有無を言わさずに問い詰める。
「さあ。なんのことかなぁ」
その時、男の取った行動は俺にとっても少しだけ予想外のものであった。
不適に笑ったターゲットの男は、スーツケースを宙に放り投げたのである。
異変が起きたのは、その直後のことであった。
天高くに舞い上がったスーツケースが炎を纏って落下していく。
魔法を使用した痕跡は見られない。
なるほど。
このスーツケースには証拠隠滅のため、あらかじめ発火材か何かを仕込んでいたのだろうな。
「無駄だ」
いかなる状況にも対応できるよう準備しておくのが、優れた魔法師というものである。
氷結弾(アイシクルバレット)。
俺は銃の弾丸に水属性の魔法を付与して、落下していくスーツケースに向かって、立て続けに銃弾を命中させる。
「なにィ――!?」
まさか切り札として用意していた『発火剤』を打ち破られると思ってもいなかったのだろう。
スーツケースを氷漬けにされた男は、慌てふためいているようであった。
「サッジ。中を調べろ」
「へい! 了解しやした!」
この様子だと中を調べるまでもないようだ。
狼狽した男の表情が、スーツケースの中身を如実に物語っている。
「このおおおおおおおおおおおおお!」
追い詰められたターゲットは、魔法陣の構築を開始したようだ。
ふむ。
この男、魔法師だったか。
DD(ディーツー)の取引に関わっている組織は、俺が思っていた以上に大きなものなのかもしれない。
「クハハハ! 燃え尽きろ!」
やれやれ。
この密閉された店の火属性の魔法を使おうとするとは、後先を考えない男である。
だが、これは無駄な抵抗というものだろう。
俺は敵が魔法を発動するよりも迅く、敵の背後に回り込んで、銃身で頭部を殴打してやることにした。
「ガハッ――!」
どんなに強力な魔法も発動前に、潰してしまえば無意味である。
俺の攻撃を受けた男は床の上に蹲り、ピクピクと体を痙攣させているようであった。
「な、なんだこいつ! やべぇよ!」
「まずい! 撤退しろ!」
今のやり取りで実力差を悟ったのだろう。
仲間の男たちは、DDの回収を諦めて、逃走を始めたようである。
無論、このまま敵を見逃してやる気は微塵もない。
だが、この人通りの多い場所で立て続けに銃を使用すると、客たちに余計な混乱を与えることになるだろう。
「失敬。コイツを借りるぞ」
そこで俺が使用したのは、ポーカーのテーブルに置かれていたトランプのカードであった。
付与魔法発動――《耐性強化》《質量増加》。
単なる紙切れ一枚であっても、優れた魔法師が使えば、必殺の武器に変貌させることができる。
俺は付与魔法で強化したトランプを人ゴミに向かって投げつけることにした。
「ぎゃっ」「ふごっ」
大きな弧の軌道を描いたトランプは、男たちの後頭部に直撃。
衝撃を受けた二人の男は、そのまま床の上を転がった。
命を奪わないのは決して優しさからではない。
後に尋問にかけて情報を引き出すためには、生け捕りにしておいた方が好都合なのだ。
「おおお! よくやったぞ! 少年!」
「ブラボー! ブラボー!」
瞬間、カジノの中は、大きな拍手に包まれることになる。
やれやれ。
俺たちの仕事は、カジノの余興ではないのだけどな。
酒に酔った客たちにとって、俺たちのやり取りは格好のショーとして捉えられていたのだろう。
その時、俺は野次馬の中に、見知った顔の女がいることに気付いてしまう。
「えーっと……。アルスくん、だよね……?」
ふむ。
俺としたことが迂闊だったな。
意外なところに意外な人物に遭遇してしまったものである。
そこにいたのはバーテンダーの衣装に身を包んだ青髪の少女、ルウの姿であった。
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