詠唱魔法



「貴様ァ……! 一体これはどういう了見だ!」



 んん? これは一体どういうことだろうか?


 俺の魔法を目の当たりにした試験官の男は、額に青筋を立てて激昂しているようであった。



「ワシは騙されんぞ! 魔法陣も使わずに、あれだけの魔法を使えるはずがない! こんなもの、イカサマに決まっておる!」



 はて。仮にイカサマがあったとして何か問題があるのだろうか。


 最終的に的に当てることができれば、提示された目標は達成していると思うのだけれどな。


 結果よりも過程に拘るのは貴族の特徴なのかもしれない。



「次はしっかりと魔法陣を構築して、魔法を発動して見せよ! さもなければ貴様を即座に失格とする!」


「はいはい。分かりましたよ」



 どうやら試験官は、魔法陣の構築過程に熱を上げているらしい。


 依頼人の要求に答えるにも暗殺者としての務めだな。


 まずは、基本となる《火炎玉》の魔法陣を描く。


 この魔法陣は直径1メートルほどの小型のものであり、駆け出しの魔法師たちが最初に覚えなければならない基本形である。



《弾速レベル──最速》


《威力レベル――最大》


《形状変化――タイプ槍》



 ここにオプションとして複数の《追加術式》を施しておく。


 この《追加術式》を施すほどに魔法陣は大きくなり、複雑化していくのだ。


 一般的に二つ以上の《追加構文》を加えた魔法は《中級魔法》、三つ以上なら《上級魔法》などと呼ばれており、その構築難度は跳ね上がっていくのである。



「おい……。見ろよ……! あの魔法陣……!?」


「嘘だろ……!? 一体どこまで大きくなるんだ……!?」



 会場にいた誰かが叫んだ。


 追加構文を7つほど施したころには俺の作り出した魔法陣は、直径5メートルほどの巨大なものになっていた。



「なあ。もうこの辺でいいんじゃないか?」



 正直な話、このまま魔法を使用すると、試験を続行するどころの話ではなくなってしまう。


 周囲は焼け野原となって、負傷者が続出する結果になるだろう。



「ハ、ハッタリだ……! こんなもの! どうせ欠陥(バグ)だらけで、不発に終わるに決まっている!」



 やれやれ。


 この試験官は、どうあっても俺の魔法を疑いたいらしいな。


 そこまで言うならば、お望み通りに魔法を行使することにするか。



「|火炎葬槍(グングニル)」



 そこで俺が使用したのは、火属性魔法の中でも超級魔法に分類される《火炎葬槍(グングニル)》であった。



 ドガッ!


 ドガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!



 瞬間、爆発音。


 俺の魔法は的を吹き飛ばして、平たい草原に巨大なクレーターを出現させることになる。


 まあ、こんなもんだろう。 

 

 直前になって、威力を抑えるように魔法構文(ソース)を書き換えておいたので、大惨事になることだけは回避できたようである。



「おい! 見たかよ! 今の魔法!?」


「信じられねえ。アイツ、本当に庶民かよ!?」



 暫くの静寂の後、受験生たちが湧き上がる。



「あっ。あっ……。あああ……」



 んん? これは一体どうことだろうか。


 先程から試験官は、地面の上に尻餅を突いて、ガタガタと膝を震わせながらも一向に俺と目を合わせようとしない。


 少し、やりすぎたか?


 でもまあ、この会場に集まった受験生は高位の貴族ばかりだからな。


 庶民の俺が合格を勝ち取ろうとするならば、これくらい力の差を示しておいてもよいだろう。

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