無詠唱魔法



 それからというもの、驚くほどにレベルの低い入学試験が始まった。


 広い平原を4つに区切り、それぞれの場所で受験生が的当てをするようである。



「次、受験番号155番エルファス、156番ミッシェル」



 白線の前に立った2人の受験生たちが、魔法の行使するための魔法陣の構築を開始しているようであった。


 んん?


 やけに時間がかかるのだな。


 おい。


 魔法陣を描くのにどれだけ時間をかけている気だ。


 既にもう20秒は経っているぞ?


 俄かには、信じられない光景だ。


 ここが実践であれば、敵を目前に20秒の隙を与えていることになるのだ。


 魔法陣の構築に時間をかけて棒立ちになるのは、自殺も同然の行為である。



「はぁ~! 現れよ! 炎! その業火によって、全てを焼き払え!」


「氷よ! 顕現化せよ! 破道の冷気で、万物を凍てつかせるのだ!」



 仰々しい口上と共に放たれた魔法は、見たことのないような細くて弱々しい炎と氷であった


 あれは何の魔法だろう?


 威力が足りていない上に構築している魔法陣がグチャグチャで、何の魔法か全く判別がつかないぞ。



「ああっ! 惜しい! あと少しだったのに!」


「よしっ! まずは一次試験を突破だな!」



 それぞれ結果を前にした受験生たちは、一喜一憂しているようであった。


 ふうむ。

 

 どうやら俺は、同年代の子供たちの実力を見誤っていたようだな。


 幼いころから俺が見てきた裏の魔法師たちは、高位の貴族によって雇われた戦闘のプロである。


 戦闘とは無縁の生活を送ってきた子供の実力というのは、案外こんなものなのかもしれない。



「次。受験番号194番、レナ。受験番号195番、ルウ」



 かろうじて『まとも』と呼べるレベルに達しているのはこの2人か。


 代り映えしない受験生たちの中で、存在感を示していたのは、先程出会った2人の少女であった。



「火炎玉(ファイアボール)!」「氷結矢(アイスアロー)!」



 魔法陣の構築時間は、ギリギリ及第点と言ったところだろうか。


 威力としては物足りないものがあるが、かろうじて魔法としての原型を留めている。


 二人の魔法が的に当たったのは、ほとんど同じタイミングであった。



「うおおおおおおおおおお! スゲえええええ!」


「嘘だろ……? あの子たち、本当に同い年なのかよ……!?」



 会場が騒めく。


 二人の受験生が一発目で的に当てたのは初だったようで、ギャラリーたちは、口々に驚きの言葉を口にしていた。



「ほう。悪くはないではないか。シングルにしておくには、ちと惜しい逸材だ」



 試験官の反応も上々のようだな。


 つい先程まで『実力主義』と謳っていたにもかかわらず、キッチリ家柄を考慮していることには触れないでおくことにしよう。



「よし。これで最後だな。受験番号398番。アルス」



 ふむ。ようやく俺の出番というわけか。


 長時間、放置されていたせいで待ちくたびれてしまった。



「ふんっ……。貴様だな……! 庶民の分際で、我が校の敷居を跨いだバカ者は……!」



 俺と目が合うなり、試験官の男は、露骨に嫌そうな表情を浮かべていた。



「いいか。ワシら貴族は、お前のような庶民に付き合っていられるほど暇ではないのだ」



 明らかに敵意の籠った口調で男は続ける。



「1回だ。ここから先の試験に進みたいのであれば、たった1度のチャンスをものにして見せろ」


「…………?」



 もしかしてコレは、逆ハンデを与えるつもりで言っているのだろうか。


 俺としては元々、一発目で当てる気しかなかったので、何の問題もないわけなのだが。



「うわ~。試験官、エグいこと言うな~」


「仕方ないだろう。彼のような無礼者を教育することも、|貴族の義務(ノブレス・オブリージュ)というものだ」



 周囲にいた受験生たちも口々に好き勝手なことを口走っている。



「どうした? 怖じ気づいたのならば、止めても良いのだぞ?」


「やらせていただきますよ」



 この調子だと普通に的に当たった程度では妙な難癖をつけられて、合格を取り消されてしまうかもしれない。


 やれやれ。


 職業柄、あまり目立つような真似は避けたいところなのだけどな。


 合格を勝ち取るためには、他の受験生たちよりも優れているということを分かりやすく示してやつ必要がありそうだ。



「火炎玉」


 

 そこで俺が使用したのは、他の受験生たちが使用したものと同じ《火炎玉》であった。


 本気を出せば、この草原一体を焼け野原にすることくらいはできるのだが、そこまで過剰な魔法を使う必要はないだろう。



 バゴンッ!



 俺の放った火炎玉は、的の中心に当たって、小規模な爆発を引き起こすことになる。



「なあ。今、魔法陣が見えたか!?」


「バ、バカな……!? 無詠唱魔法だと……!? それって都市伝説か何かじゃなかったのか!?」



 受験生たちが口々に何か口走っている。


 無詠唱魔法とは主に、魔法陣を使用しないで行使する魔法のことを指す。


 いやいや。


 俺の使った魔法は、そんなに大層なものではないのだけどな?


 普通に魔法陣を使用した通常の魔法に過ぎない。


 ただし、魔法陣の構築から魔法の発動までの時間は、0コンマ1秒を切っている。


 故に戦闘に不慣れた受験生たちの目には、『魔法陣を使用していない』ように映ったのだろう。


 俺たち裏の魔法師にとっては、この程度のスピードは別に目新しいものでもないんだけどな。


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