受験前の肩慣らし



「ハンッ……。まったく、今日はロクでもない日だな。シングルのカスに絡まれたと思ったら、庶民にまで難癖つけられるとはね」



 どうやらデルクのターゲットは、赤髪の女から俺の方に移ったらしい。


 男からすれば、|一つ星(シングル)の貴族よりも、俺のような庶民の方が、苛めがいがあるのだろう。



「おい。庶民。分を弁えろ! 貴様、ここに一体何をしに来たというのだ!」


「何って……。普通に試験を受けに来ただけだが……? それ以外に理由があると思うか?」



 そう前置きをして、俺はコートの内ポケットの中から受験票を取り出して見せる。


 野次馬たちの騒(ざわ)めきが、益々と強まっていくのが分かった。



「おいおい。マジかよ……!?」


「庶民が試験を受けるって……。そんなのアリなのか……!?」



 野次馬たちが戸惑いのも無理はない。


 初めて知った時は俺も驚いたからな。


 ここ、王立魔法学園は、庶民・貴族に関わらず、誰もが入学試験を受けられる数少ない学校の1つであった。


 もっとも、過去に庶民の合格者が一人も出ていないらしいので、受ける意味があるのか分からないのだけどな。



「庶民が……! 受験だと……! 貴様、神聖なる王立魔法学園を何だと思っている……! こんな屈辱を受けるのは初めてだ……!」



 額に青筋を立てたデルクは、怒りでプルプルと体を震わせているようだった。


 やれやれ。


 この程度のことが最大の侮辱になるなんて。随分と浅い人生を送ってきたのだな。



「覚悟しろよ……! お前に貴族の恐ろしさを分からせてやる!」



 大層な前置きを残したデルクは腰に差した剣を抜く。


 やれやれ。


 この往来で刃物を取り出すとは、あまり穏やかではないな。



「クハハハハ! 殺してやる!」



 強い言葉を使ってはいるが、本気で殺すつもりがないことがバレバレである。


 嫌いなんだよな。


 本気で殺すつもりのないのに『殺す』という言葉が使われるのは。

 


 付与魔法発動――耐久力強化。



 そう考えた俺は手元にあった、受験票に魔力を通して盾の替わりに使ってみることにした。



「なにっ……!?」



 ふむ。


 流石は貴族の通う学校だけあって、良い紙を使っているのだな。


 普段使っている羊皮紙とは、魔力の通りが段違いである。


 渾身の一撃を塞がれた貴族の男は、驚愕の表情を浮かべていた。



「どうした? 俺を殺すんじゃなかったのか?」


「貴様……! どこまでボクをコケにするつもりだ……!」


 

 激昂したデルクは、ブンブンと思い切り良く剣を振り回す


 挑発の甲斐もあってか、先程よりは随分とマシになった気がする。


 だが、まだまだ太刀筋に遠慮が見えるな。


 流石にこの往来で、全力を出して戦うことには遠慮があるのだろうか?


 仕方がない。


 これ以上、勝負を続けたところで無意味だろう。



「死ねええええええええええええええええええ!」



 俺は大振りの剣をヒョイと避けて裏に回る。


 身体強化魔法発動――指力強化。


 続けて指の先に力を入れた俺は、デルクの耳元でパチリと指と鳴らしてやることにした。



「グワッ! グワアアアアアアアアアアアアアアアアア!」



 耳元で衝撃音を浴びたデルクは、勢い良く地面に尻餅を突くことになる。



「ぎ、貴様……。一体何をした……?」



 何って。単なる指パッチンを使っただけなのだが。


 玩具を与えられない貧困街(スラム)の子供たちは、鳴らす音の大きさを競って遊んだものなのだ。



「あ……。ぐっ……。あっ……」



 どうやら衝撃音によって、バランス感覚が麻痺しているようだな。


 人間の耳の奥には、三半規管と呼ばれるバランス感覚を司る器官が備わっているのだ。


 俺は魔法を使って『指から放たれる音を強化』することで、デルクの三半規管を一時的に麻痺させることに成功していたのである。


 さて。


 厄介払いも済んだことだし、これ以上はここに留まっている理由もなさそうだな。



「あ、あの……! ま、待って下さい……!」



 校門に入ろうとする直前、赤髪の女に呼び止められたような気がしたが、スルーしておくことにする。


 入学試験を受ける前に、これ以上のトラブルに巻き込まれると面倒だ。


 ここは素直に退散した方が良いだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る