校門前の事件
季節は新しい命が芽吹く春。
親父に学校の受験を勧められてから、二カ月の時間が経過することになる。
ここは王都、《ミズガルド》。
暗黒都市と隣り合うように存在している、この国の最大の都市である。
俺は普段滞在している貧困街(スラム)の借家から、王都、《ミズガルド》の郊外にまで足を延ばしていた。
「おお……。ここが王立魔法学園か……」
全体を竜の彫刻によって彩られた、石造りの校舎は、建物というよりも美術品のようである。
数ある魔法学園の中から、俺が『王立魔法学園』を受験しようとした理由は2つある。
まず、学費が安い。
この学園の授業料は、どういうわけか他学園の授業料と比べて10分の1以下に抑えられている。
金持ちが通う学校であるにもかかわらず、各種の学園の設備が税金で賄われているのだというのだから皮肉なものである。
次に立地が良い。
王都から徒歩圏内という抜群の立地を誇る、この学園は、貧困街(スラム)にある俺のアパートからも十分に通える距離にあるのだ。
無論、これだけ好条件が揃っているということは、それだけ生徒たちからの人気が高くなるに決まっている。
「うわぁ~。緊張する~!」
「大丈夫! 普段通りの実力を発揮できれば、絶対に合格できるって!」
まあ、当然こうなるよな。
学園までの通学路は、既に俺と同い年くらいの子供たちでごった返していた。
「ねえ。見て。あそこにいるの、ルイバスター家の御子息じゃない!?」
「本当だ!? 流石は天下の王立魔法学園……! 社交界のスターが揃い踏みっていう感じがするわね」
俺以外の受験生たちは全員、貴族の子息のようだ。
まあ、魔法が使える庶民というのは、珍しい存在なので、これに関しては別に不思議ではない。
ちなみに貴族と庶民の見分け方は簡単だ。
襟元に勲章が付いている人間が貴族。
そうでない人間は、一般人ということになっている。
中には勲章を身に着けずに一般人として偽装している人間もいるが、そういった輩は俺と同じ、裏の世界に身を投じているケースが大半であった。
「ふざけるなよ! 貴様、|一つ星(シングル)の分際で! ボクに口答えする気か!」
んん……? 校門の前に人が密集しているようだな。
何かトラブルが起きているようだ。のっけから、あまり関わりたくないな。
「ここは神聖なる王立魔法学園の敷地だぞ! お前のようなゴミが来るところではないんだよ!」
「なんですか! |一つ星(シングル)が受験をしてはいけないなんて! そんなこと何処にも書いてありませんよ」
どうやら貴族同士で口論が起きているようだ。
校門の前で対立しているのは、金髪の男と赤髪の女であった。
「たしかに書いてはいない。だが、周りを見てみろ! |二つ星(ダブル)や、|三つ星(トリプル)ばかりじゃないか!
書かれているルールだけが全てではない。その裏側を察することが、|貴族の矜持(ノブレス・オブリージュ)というものさ!」
貴族の階級は、襟に付いた勲章の数で大まかに測ることができる。
一つ星は、領地を持たない立場の弱い貴族。
二つ星は、固有の領地を持った中流以上の貴族。
三つ星は、広大な領土と数多の商権を持った大貴族のことを示していた。
「そうだぞ! シングルの分際で、デルク様に逆らうとは生意気だ!」
「空気を読んで試験を辞退したらどうなんだ!」
金髪の貴族(名前はデルクと呼ぶらしい)の取り巻きたちが、揃って赤髪の女を攻め立てる。
「いいか。女。貴族の社会はな。星の数が全てなんだよ! 星の数が低いものが高いものに絶対服従! こんな簡単なルールも分からないようじゃ、お里が知れるぜ?」
「~~~~ッ!」
ふうむ。
高位の貴族たちに凄まれた赤髪の女は、完全に委縮しているようであった。
「なあ。何かあったのか?」
情報を集めるために近くにいた青髪の女に声をかけてみる。
「あ、あの……。あそこにいる子は、私の幼馴染なのですけど……。学校に入るなり、追い出されてしまって……。それで……」
なるほど。
どうやら金髪の貴族の身勝手な難癖をつけられてしまったようだな。
何もかも自分の思い通りにならないと気が済まないのは、身分の高い貴族にありがちな悪癖である。
「なあ。女。|三つ星(トリプル)のボクに楯突いた失態は高くつくぜ? だが、お前がボクの女になるんだったら、考え直してやっても良いんだぞ?」
女の髪の毛を掴んだ、金髪の男はいやらしい笑みを浮かべていた。
やれやれ。
神聖なる王立魔法学園の敷地でナンパ紛いの行為をするとは。
|貴族の矜持(ノブレス・オブリージュ)とやらも地に落ちたものだな。
「すまんが。そこを通してくれないか?」
悪いが、俺は貴族同士の痴話喧嘩に付き合っているほど暇ではない。
野次馬たちの間を割って入った俺は、まっすぐに校舎を目指すことにした。
「「「…………!?」」」
俺の思い過ごしだろうか。
俺の姿を見るなり、周りにいた貴族たちの間に奇妙な緊張感が走ったような気がした。
「おい。見ろよ。アイツの襟……!」
ヤジ馬の中の誰かが叫んだ。
「星ゼロ個……だと……!?」
「う、嘘だろ……? どうして庶民がここにいるんだ……?」
そんなに珍しいものなのか。庶民って。
俺から言わせると貴族がこうして雁首を揃えて、突っ立っている光景の方が珍しい気がするのだけどな。
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