親父の提案



 それから。


 本日の仕事を終えた俺は、完了報告をするために親父の待っている酒場にまで、足を運ぶことにした。



【冒険者酒場 ユグドラシル】



 暗黒都市の裏路地にひっそりと聳え立つこの酒場は、俺たち組織が頻繁に利用する店であった。



「よお。アル! よくぞやってくれたな! お前さん、最近、絶好調じゃねえか」



 店につくなり、親父は俺の肩を抱いて、酒臭い息を吐きかけてくる。


 なんだ。もう酔っぱらっているのか。

 

 グラスを片手に上機嫌に笑うこの男の名前は、ジェノス・ウィルザード。


 血は繋がっていないが戸籍上は、俺の父親ということになっている。



「今日のターゲットには、上の連中も手を焼いていたらしいからな。さぞかし喜んでくれるだろうよ」


「そうか。それは何よりだな」



 親父の仕事は、組織と依頼人の政府関係者を繋ぐ、交渉役である。


 以前は《金獅子》の通り名を与えられた凄腕の暗殺者(アサシン)だったらしいのだが、俺が組織に入るのと入れ替わるようにして、現場からは離れるようになっていた。



「腹が減っただろ? この店の臓物(レバー)は絶品なんだ。お前もほら。若いんだから、ジャンジャン食えよ」



仕事終わりにやたらと生肉を勧めてくるのは、昔からある親父の悪癖の1つである。


俺は構わないが、殺しに不慣れな新人にとってはパワハラ以外の何物でもないだろう。



「なあ。アルよ。お前が現場に出るようになって10年が経ったか。何人殺したか、覚えているか?」


「さあな。そんなことは疾うに忘れたな」



 最初に人を殺したのは五歳の時のことである。


 警戒心の強い牧師の男であった。


 俺は牧師が営んでいる孤児院に潜伏することによって、それまで困難とされていた依頼を成し遂げたのだ。



「貴族、王族、魔族に聖騎士……。この10年で、随分と殺したな。まあ、ここ数年の大半の仕事は、お前が1人で片付けてきたわけだが」


「前置きは良い。それで、次の仕事はいつになる?」



 何かにつけて話が長いのは、昔からある親父の悪癖の1つである。


 痺れを切らした俺は、そこで早々に本題を切り出すことにした。



「いや、暫く仕事は取らねえ。お前さんには学校に行ってもらおうと思っている」


「…………!?」



 いきなり妙なことを口走り始めたぞ。この親父。



「学校? 俺が行くのか?」


「当たり前だ。他に誰がいるっていうんだよ」


「何故だ?」


「この世界で生きていくつもりなら、資格を取っておくに越したことはないんだよ。貴族社会は信頼が第一よ。言っておくが、あのサッジですら魔法師免許を習得しているんだぜ?」


「…………」



 その時、俺の脳裏を過ったのは、仕事でミスを連発してアホ面を晒す不肖の後輩の姿であった。


 できれば知りたくなかった情報であった。


 貴族社会の評価で言うと、サッジよりも俺の方が、信頼度が低いということになるのか。



「いいか。アル。お前も薄々と気付いて来ていると思うが、俺たちの仕事は着実に減ってきている。

少しずつだが、世界が平和に近づいているからな。このまま平和になれば、お前のような無免許魔法師は、食いっぱぐれることになるんだぜ?」



 たしかに、ここ数年で暗黒都市の治安は各段に良くなっている気がする。


 それというのも俺たち《ネームレス》が暗躍した結果、報復を恐れて無茶をする人間が減ったからだろう。


 そうか。


 今まで仕事のことばかりで頭になかったのだが、俺は今年で15になる。普通の子供たちは、学校に通う年齢になるのか。



「もしも、断る、と言ったら?」


「残念ながら、これは業務命令だ。お前さんに拒否権は存在しねえよ」


「…………」



 やれやれ。


 命じられたことに対してNOと言うことができないのが、組織に飼われている人間の辛いところである。



「んじゃ、決まりだな。このリストに今からでも、受験できそうな学校をまとめておいたからよ。参考にすることだな」



 それにしても今更になって俺が学校に通うのか……。


 おそらく、親父も親父なりに俺の将来を案じてくれているのだろう。


 たしかに世界が平和になれば、俺のような無免許魔法師は、お役御免の展開になるかもしれないが……。


 うーん。考えるだけで、頭が痛くなってきたな。

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