4-001


 二階と向かう現場は、とにかく・いつも・ほんとに、シチュエーションが胡散臭い。

 曰くつきの古ぼけた病院、七不思議どころか百界談ありそうなオカルトてんこもり中学校、めちゃくちゃ雰囲気のある大きい洋館、やけに散らかった書類部屋をもつ検査施設、など、など――

 だから俺は、見るからにあやしー場所へ赴くのには慣れている。

 でも、依頼人が胡散臭いってのは初めてだった。

「あのー……えっと、依頼人の、木庭袋さんでよろしかったでしょうか……?」

 待ち合わせ場所にいたのは、まるで死神みたいな黒の全身フードを身に着けた男性だった。俺や二階と競るぐらい身長があり、どでかい鎌を持たせたらかなり本格的なハロウィンのコスプレに見えることだろう。ちなみに顔や髪型は、フードの中の影に落ちて全くよく分からない。

 俺が巡回中の警察官だったなら、今すぐ職質しちゃいたくなる感じ。ここが私有地でよかった。

 未だ木庭袋さんからのお返事はないものの、わずかにではあるが頭が縦に振られたような気がした。ちらり、と二階を見る。奴も不審には思っているようだったが、そもそもこいつ、さっきからめちゃくちゃ具合が悪いとかで顔が真っ青なんだよな――ま、霊能力者の二階の具合が悪い、ってことは、現場であるこの森が正真正銘の心霊スポットである何よりの証拠でもあるわけだが。

 一旦、俺が場を繋ぐしかなさそーだ。木庭袋さんに何か喋らせてみるか。

「えーっと、今回のご依頼ですが……森の中で、変なことが起こる、と。現在の状況とか、いつ頃から始まったかとか、お伺いできますか?」

 木庭袋さんはわずかに首を傾けてから、無言のまま懐から取り出した紙をこちらへ差し出した。それは事前に事務所に送られていたメールのコピーで、住所・来てほしい時間帯・困っている事象とその背景・周辺の地理情報や考えうる限りの歴史情報などが、列記されている。

 うん、いやまあたしかに、必要な情報は全部すでに貰ってるんだけどさあ……。

 あくまで無言を貫くつもりだろうか。めちゃくちゃ怪しい人だな、と思いながらも俺はもう一度メールのコピーに目を通す。

 ――曰く。

 ここは私有地の森で、依頼人の木庭袋さんは多数の珍しい植物を栽培している植物学者だ。この森を簡易的な実験場にして日々楽しく研究に勤しんでいたものの、先月頃からどうも植物の生育がおかしくなった。単純に悪くなった、という話ではなく、成長のスピードがどうも一定ではないとのこと。一晩で種から花が咲くようなこともあれば、逆にすくすくと成長していたはずの若木が成長を巻き戻して退化しているように思われる日すらある。

 最初は新発見が得られたのではと興奮していたが、いくら調べても説明のつくデータが取れない。そうこうしているうちに、やがて森の世話に入った者たちが次々と不調に襲われるようになった。頭痛、めまい、吐き気、相次ぐ自主退職。科学者であるところの木庭袋さんも困り果て、ついに我らが相談所の門は叩かれることとなった――と、いうわけだ。

「木庭袋さんご自身も、体調不良を感じることがありますか?」

「…………」

 返事はない。そして、顔色すら見えないので、外見から体調を窺い知ることすらできない。こんなん木庭袋さん自体が怪異みたいなもんだぞ、と呆れそうになったところで、フードの奥から、想像よりは遥かに明るい声が聞こえてきた。

「…………以前は、特にありませんでした」

 言葉の続きを待ってはみたが、これ以上自分から話してくれる感じもなさそーだ。俺は仕方なくもう一度、解像度を高めるための質問を繰り返すことにする。

「『でした』というのは? 過去形ですか?」

「…………今は、多少感じます」

「ほうほう?」

「…………誰でも、この森に入るとどうも具合が悪くなるようです」

 ちらり、と木庭袋さんが二階を見たような気がしたのは、決して気のせいなんかじゃないだろう。

「…………ですが。藤田さんは、タフなようですね」

 あてられすぎちゃう二階は特殊ケースだし、一切影響を受けない俺だって特殊ケースだ。苦笑いで木庭袋さんの言葉を流す。

「まあ、体力仕事なんで。とりあえず、二人で見回ってみて、怪しいものがあるかどうか確認します。よかったら、探しながら、もっと詳しいお話聞かせてください」

「…………ええ、あの」

「はい?」

 早速何か話してくれるのだろうかと、俺は木庭袋さんの言葉を待った。単なる言い淀みと呼ぶには長すぎる沈黙が流れた後、根気強く待った俺はようやく木庭袋さんの言葉の続きを聞くことが出来る。

「…………この森は、職場でもあり、貴重な実験場でもあり、生き物の根付く場所でもあります。小さいけれど哺乳類も、平凡なりに根の強い植物も、生き物は色々います。だから、すでに命はなく生き物だったものが……いたとしても、いなかったとしても、どちらにせよ、本当のことが知りたいと思っています」

「勿論です。契約も成果報酬型じゃないんで、霊がいなかったらそう言いますし、いても除霊できなかったら、素直にそうお伝えします」

 木庭袋さんは物言わずそのままこくんと頷いた。とんでもなく口数の少ない人ではあるようだが、とりあえず声を聞けてほっと一安心。さて――じゃ、もう一つの問題のほうに取り掛かるか。

 木庭袋さんから離れ、切り株の近くでうずくまりかけている二階の横に一緒にしゃがんでみる。

「二階、大丈夫か?」

「調子は……かなり、悪い」

 二階の顔はもう真っ青だった。今すぐ救急車呼んだほうがいいんじゃねーの? と思うほど。依頼人にこんな顔見られたらまずいような気がして、俺は二階と木庭袋さんの間に入り込むような位置へずりずりと移動する。幸いなことに、木庭袋さんは森のほうをじっと眺めていてこちらには興味がないようだった。マイペースな人だ。

「……この森、何かいるぞ」

「だろーな、その様子だと。すぐ近くか?」

「そんな感じはする。目の前にいてもおかしくないというぐらい近いのに、森の奥のほうからも気配がする。しかも一か所じゃない。群れを成す動物霊かも」

「けっこーピンチだったりする?」

「まだ、よくわからない。ものすごく忌避したくなる何かではあるんだが――」

「妖怪とか?」

「化物、という感じかな。少なくとも可愛らしい浮遊霊とかじゃない。ただ、気配がなんだか読み取りづらくて……俺が今まで出会ったことがないような類のものだとすると、対応しきれるかどうか不安が残る」

「んー、なるほど? 了解」

 心霊案件一筋の二階が《出会ったことがない》もの――それって、かなりのレアものってことなんじゃねーの? なんか力も強いっぽいし、大丈夫なんだろーか。

 元々の計画では、この広大な森を二人で手分けして探索するつもりだった。しかし、森に入る前の時点であまりに二階の体調が悪そうだったので、とりあえず依頼人に会うまでは二人一緒にいようということになったのだ。

「じゃ、この後も離れないほうがいいよな?」

「ああ。木庭袋さんからも、目を離さないほうが良い」

「りょーかい」

 ま、一旦心霊問題は二階に任せるしかない。

 俺は、二階がぶったおれないように、あいつをサポートする役だ。それ以外に俺が出来ることは、そもそも一つもないのだから。

 二階は、霊が視える。祓える。色々むずかしー条件や制約はあるようだが、とにかく心霊退治に関する専門の訓練を受けている。

 対して俺のほうは、霊感ゼロ。霊感なんて持ってないという人の方が大半かもしれないが、俺のは拍車を掛けて「ゼロ」らしい。たとえば俺はお墓の横を通っても葬式に参列しても、普通の人が感じるはずの「なんかびみょーな気持ち」というのを一度も感じ取れたことがない。二階に言わせれば、どんな一般人でもいくらか持っているはずの心霊現象に対する感受性というものが、俺にはほんとに無いんだそーだ。

 そんな俺でも、二階との仕事を通じ、どーやらこの世界には魑魅魍魎神仏怪物、地縛霊に浮遊霊、付喪神や妖怪たちがいるよーだ――ということまでは了解できてきたんだが、なにせ霊感ゼロなので、それらの気配を読み取ることはできない。

 二階曰く、この鈍感力は霊たちにとっても一種の脅威であるらしい。二階がぶっ倒れても、霊感の強い依頼人の少女がぶっ倒れても、クラス中がパニックになる心霊現象が起きたって、俺だけは一番最後まで平気な顔をして立っていられるっていうわけだ。

 しかし、俺は霊を祓えない。

 あくまでも二階の体調だけ心配して、最悪なことが起きた場合には木庭袋さんと二階を担いでこの森から退散するのが俺の役目ってわけだ。それまでは、二階の指示を受けて言う通りにあくせく働くしかない。

「じゃ、とりあえず一周すんぞ。それでいいか?」

「ああ、構わない。すまない、なにか見つけたら言うから……」

 それまでは体調も悪いので黙っている、ということらしい。仕事とはいえ、顔が真っ青の二階をこれ以上歩かせるのは気が引けたが、動かなければ依頼も解決しようがない。とりあえず俺が先陣を切って、適当に森を歩き回るしかないだろう。

 かわいそーではあるが、まあこの程度の不調は二階にはよくあることだ。さっさと終わらせてやるか、と俺は木庭袋さんを振り返る。

「じゃ、そろそろ行きますねー?」

 木庭袋さんは相変わらず、俺に返事をしなかった。もはや聞こえているのかどうか少し心配になってくるぐらい無反応だ。ま、この距離でこの大声で聞こえてないってこたーないだろう。木庭袋さんも、二階と同じくお疲れなのかもしれない。

 心霊現象に悩まされて、怪しげななんでも屋に相談してくる人間なんてのは、寝不足で衰弱してたり既に霊に憑りつかれて体調を崩してたりなどするもんだ――その意味では、木庭袋さんに実は憑りついていた霊が突然姿を現して襲ったりしてこないか、というリスクも心配すべきなのかもしれない。

「では――行きましょうか」

 地図は、メールですでに貰っている。まるで森林公園の看板にありそうな、イラスト仕立ての可愛らしい簡易地図を頼りにして、この森を右側から時計回りに回っていくことに俺は決めた。


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